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10.お嬢様は招待を受ける(1)

南都でエイレンが注文したドレスが仕上がるのは早かった。特急料金を上乗せした分高くついたが、6日ほどで3着をこなし、これだけの出来ならば文句は言えない。パーツ毎に職人が代わる分業体制の生産なのに細かな部分まできっちりした仕上がりは本当に大したものだと思う。


お嬢様も大満足らしく、キルケが集配所から受け取って届けたものを早速着て、珍しくはしゃいでいる。レイピアを振り回してみたり、バク転を披露したり(ダナエが見とれて拍手した)して……そう、広義ではこれもドレスに違いない。


ピッタリとしたシャツに同じく細身のズボン。腰まで届くか届かないかの短い袖なしのチュニック。膝丈のマントは金糸を織り込んだ瀟洒な綾織りで、こればかりは若干華やに刺繍や宝石があしらってある……内側の見えにくい位置ではあるが。


「なんで軍服なんだ」


「ドレスの仕立価格が信じられないほど高かったからよ」


安くても銀30枚。天井の方はどこにあるか分からない。それだけ金がかかるなら、理想を追求したいところではないか。シンプルでありながら品があり、丈夫で洗濯にも耐え、動きやすくて動きやすくて動きやすい。


仕立屋と侃々諤々(かんかんがくがく)たる議論を重ねた結果が、これである。


「軍人は公式の場でもこれで良いのでしょう?」


「貴婦人は滅多に着ないがな」


「仕立屋もそう言っていたわ」


しかしその説明、エイレンにとっては蛇足である。


「わたくしが着る物を決めるのは世間ではなくてよ」


「はいはい」


ダナエが口を挟んだ。


「ではご満足されたら着替えましょうね姫様」


決めているのはどうやら侍女のようだが、エイレンは子供のようにぷい、と横を向いた。


「このままで良いわ」


「ダメです!そのスタイルは見る人によっては大変に色気がありますから。腹の出たエロジジイに視姦されたくはないでしょう?」


確かに、上に重い鎧を着ることを前提として動きやすさを追究した軍服は、狭義のドレスどころでなく身体のラインが出る。ほどほどの胸と細い腰、しなやかな脚。


しかし、なかなかに説得力のある侍女の台詞も、このお嬢様にかかれば形無しだった。


「構わないわよ。興奮しすぎで死んでおしまい」


「その程度で死ぬような純情な方は軍服に萌えたりしませんよ」


「ではやはり構わないではないの」


「とにかく!」


ダナエが眉を逆立て、腰に手をあてる。


「ダメったら、ダメです!」


「それほど女性による着用が気になるものなら……」


エイレンはほんの少し考え、おもむろに股間を指した。


「この内側にイミテーションを縫い付けておくのはどうかしら。手巾(ハンカチ)をそれらしい形に縛れば」


「ダ・メ!それは見る人によってはただの変態です!」


失礼します、と丁寧な挨拶と共に、フラーミニウス(次男)氏が入ってきた。相変わらずのそっけない真顔だが、気のせいか口許がほんのわずかに緩いような、とキルケは思う。


もしかしたらこの超絶真面目なフェデリタス(陛下命)君も自分と同様、腹の中で笑っていたのかもしれないな。


しかし彼の態度は普段通り、丁重ながらも裏の敵意が見え見えのものだった。


「そろそろ行かなければ午後の謁見が終わってしまいます。何着ても中身が良くなることは無いのですから、そのままで結構ですよ」


皇帝の午後の謁見を利用し、エイレンは重臣ほか居合わせた人々に公式に紹介されることになっていた。


それというのも一昨日、本当に刺客がやってきたせいである。近衛隊の制服を着ていたことから、カティリーナの手の者だろう、というのが大方の意見だったが、真相は分からないままだ。


逃げおおせたはずの刺客は翌日には下着姿で濁り川(ティビス)に浮いていたし、カティリーナがそんな分かりやすいことをするものだろうかと疑問を持てば、真実は相当遠いところにありそうだ。


分かっていることはただ1つ、聖王国からきた巫女がメジャーになる前にとっとと消してしまえ、と考える者がやはりいた、ということだけである。


そして皇帝陛下はさっくりと決定された。どんな形であれ、さっさと客人の存在を公にしてしまおう、と。


謁見の間まで速歩で移動しながら、フラーミニウス(次男)氏が前を向いたまま小声で言う。


「刺客の持っていた短刀はアドラヌス工房で大量生産されているもので、これといって特徴はありません。南都の刃物店ならどこにでも置いてある。ただし、刃には毒が塗ってありました」


「種類は」


「まだ明確にはなっていませんが、その刃を刺したウサギが先程、発熱したそうです」


「ヒマの毒かしら」


「その可能性は高いかと」


油を絞った後のヒマの種子から精製される毒は、遅効性の上に解毒剤もないため暗殺の際によく使われるものだった。毒を塗った刃である程度の傷を付ければ、急所を刺す必要はないのだ。


しかしそれほど手に入りやすいものではない、とフラーミニウス(次男)氏は言明した。


「ヒマの生産は帝国が徹底管理しており、油を絞った後の種子は全て焼却処分と決められています。入手するには直接に農園と交渉するか、こっそり栽培するか、ノートースから買い入れるかですね」


ノートースは帝国最南端の山岳地帯であり、そこで暮らす褐色の肌の部族の名でもある。険しい山間の大して旨味のない土地であることと文化の明らかな違いから、特別に自治が認められているのだ。


「最後のが1番足がつきにくそうね」


「一応調べさせますが黒幕まで辿り着く可能性は低いでしょうね」


「だったら調べる必要はないわね。切り棄てられる尻尾がお気の毒なだけだわ」


「そうはいきません。次の尻尾が生えるまで、大人しくさせる程度の効果は期待できますから」


「尻尾が何本もあったらどうするのよ」


「それでも切らないよりはマシでしょう」


フラーミニウス(次男)氏は肩をすくめ、それからちらとエイレンを見る。命を狙われたにも関わらず、彼女の態度が余りにも普段と変わらないのが不思議だった。


「恐ろしくはないのですか」


「別に。誰が刺客を差し向けようと、わたくし自身を本気で憎んでいるワケではないもの」


彼らはただ己の役割を果たしているだけである。それならわたくしも良く分かることだから、と聖王国から来た巫女は軽やかに微笑んだのだった。

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