3.お嬢様は土木工事に着手する(3)
木の枝にロープを渡し洗濯物を広げた後は、エルとクーの小屋の壁にタペストリーを貼り付けた。
チーズを挟んだパンで昼食を済ませたところで姉妹と別れ、エイレンは川のやや上流へと向かう。この辺りで洗濯をする時にいつも考えていたことを実行するのに、リクウが手伝ってくれているこのタイミングを逃す手はない。
「洗濯小屋を作るのよ。大きいかまども設えるわ」
湯を1度で大量に沸かせれば、洗濯は随分ラクになるし、風呂に入ることもできるだろう。この川原にまっとうな衛生観念を導入するのに役立つはずだ。
「わたくしでも1人では大変だと思っていたの。手伝って下さって本当に感謝しているわ」
「君はずっとここに居る気ですか?」
「それは置いといて」
正直なところ、今後のことはあまり考えていないのだ。
「そうそう、お借りしてる分なのだけれど、もう少し待って下さる?資材を買うのに昨日の上がりを全部使ってしまったから」
ちなみに一昨日の上がりはエルとクーに洗い替え用のシーツと衣類として提供している。いつか返してもらう約束ではあるがいつになるかは分からなかった。
「そこまで君がする必要があるんですか?」
リクウの口調にエイレンは思わず微笑んだ。
(ピュアな精霊魔術師さんとしてはわたくしがこの商売をしていること自体を非難したいのね)
しかし非難できる立場でも間柄でもないのでガマンしている、といったところだろう。そんな気遣いはエイレンにとっては新鮮で可愛らしく見えてしまう。
「わたくしね、神殿の方では施療院を担当していたの」
施療院は神殿が寄付で賄っている医療施設だが、内情はラクではない。そこで重点を置いたのが病気の予防法を周知徹底させることだった。
「立て看板やら講習会やらで何度注意喚起しても、つまらない病気で死にそうになってから担ぎ込まれてくる貧民の数は減らないし、それ以上に多いのは路上の死亡数なのよ…わたくしそれを、彼らがバカでクズなせいだとずっと思っていた」
誰だって『より健康的な暮らし』を望み、方法さえ理解できれば実践するはずだと思い込んでいた。しかし、川原で暮らすようになってからそれが間違いだったと知ったのだ。
彼らは現世に希望など持っていない。
「それを後悔して、こういうことを?」
「後悔?それは打つ手が無くなってからするものよ」
最初は必要な小銭を稼いだらさっさと切り上げ、山へでも引き篭もる予定だった。しかし今の己にできることがあるなら、そちらを優先すべきではなかろうか。
行動につながらない思考は無駄とみなす。それがエイレンである。
「しかしここで君が稼ぎを注ぎ込んでも、多寡が知れているでしょうに」
「分かっているわ。わたくしが側室になっていれば、王をたらし込んで大規模な貧民街改革をしたわよねきっと…さて、この辺よ」
エイレンが足を止めた。洗濯小屋の予定地は住居小屋群よりやや川上だ。住居や顧客サービスの改善に稼ぎを費やす傍らで細々と集めてきた資材が積み上げられている。
「精霊魔術でパパッと組み立てたりできない?」
「できません」
さすがは『あると便利だが無くても困らない』ワザ。とっても便利、にはなり得ないのがミソである。
「じゃあ始めましょうか」
エイレンはスコップを持ち、ほがらかに言った。