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7.お嬢様は皇帝陛下に会う(3)

エイレンとキルケ、それにスリ師が通されたのはやや小振りな部屋だった。フラーミニウス氏はそのまま見張るつもりらしく、無言で部屋の隅に立つ。


「プライベートの貴賓室、といったところね」


早速、長椅子に腰掛けるエイレン。部屋の内装は、示威ではなく居心地の良さが優先されているものだと分かる。さりげなく置かれた趣味の良い調度品が、空間に重厚になりすぎない程度に落ち着きを与えていた。


「随分待遇が良いこと」


「ということは、しっかり覚えてるんだな」


忘れられているかと思ったが、とキルケ。


「牢にぶちこむのは正体がはっきりしてからでも遅くない、と皇帝陛下はのたまっておられます」


侍従長は言わずもがなな説明をし、胸に手をあてる帝国風の礼を取ると少々お待ちを、と去って行った。


「まさかこの夜中に面会する気かしら」


「皇帝陛下は夜中にコソコソ悪戯をするのが好きなのさ」


昼は堅物な側近たちの目があるからだ。キルケとカロスが直々に呼ばれた時も夜中だった。


「ちなみに言われたくない言葉は『若い』だから気を付けろ」


史上最年少で皇帝位についた少年は、そのことを実はとても気にしているのだ。ああ、とエイレンは頷く。


「自力ではどうしようもない事実って言われると傷付くものよね」


「そうそう」


「で、どうしてその年若い皇帝が直々にあなた方にお声がけされたのかしら」


「知るか」


ややぶっきらぼうに言う。カロスにしろキルケにしろ、呼ばれるまで皇帝と直接面識があったわけではないのだ。


「ただ噂では、皇帝陛下はリストを持っているらしい」


「なんの」


「孤児院出身者で素質がありそうな者は集められて特別な教育を受けるんだが、中でも優秀な者はそのままある組織に入る。ほかの者は一応、無罪放免だ……が、いざという時に使い捨てできるようリスト化されていると言われていてな」


カロスはどうだか知らないが、キルケは孤児だった。


特殊な教育は受けたがさほど能力を表さず、そのまま野に放たれた組だ。しかしもしかしたらそちらにも、帝国はそれなりの使い途―――多少の手間賃で簡単な仕事をこなし、いざとなれば捨て石にもできる、という―――を見出していたのかもしれない。


もちろん真実は知れようはずもないことだが。


「もしそれが本当なら、徹底的に考え方が合わなさそうだわ」


わずかに眉を寄せてエイレンが呟いた。


「わたくし人を利用したりからかったり苛めたり踏み潰したりはするけれど、使い捨てにだけはするつもりないのよ」


いやそれ徹底されるよか使い捨てにしてくれた方がまだマシな気がする。


キルケがそう思った時、バタバタと忙しい足音が聞こえて扉がドン、と音を立てて開かれた。


肩で息をしながらこちらを向いているのは、やや線の細い感じのする少年である。うなじのあたりで揃えられた艶やかな漆黒の髪に明るい翡翠の瞳が印象的だ。


皇帝陛下、とキルケが呟き両手を胸に添えて深く礼を取る。フラーミニウス氏はもちろんスリ師も同じようにしているが、エイレンは敢えて軽い会釈を選んだ。


恭順するつもりなど皆目無いのだ。


しかし年若い皇帝自身はそうした態度をさして気にする様子なく口を開いた。


「そなたが聖王国の『一の巫女』に相違ないか」


「かつてはさようでございましたが、今のわたくしはかの国ではただの死人扱いですわ」


「証拠は」


「神魔法士の力は例え直接示さずとも、見る者が見れば一目瞭然でございます」


エイレンの口角がきゅっと上がった。


「もっとも皇帝陛下がお分かりにならないとしても、致し方ないことではございますけれども」


あら証拠がなければ分からないのね、帝国トップといっても所詮その程度ということかしら。


言外に告げられた意味を読み取っても、皇帝は怒り出したりしなかった。即位以降、老練な腹心(ジジイ)どもが忠心から繰り出すイヤミのおかげで、この程度は慣れ切っているのだ。


「そこの男。お前は神魔法を落とされたそうだな。詳しく話せ」


尊大に命令されて、スリ師はびくりと身体を震わせた。ヘタな事を言えばきっと人知れず殺されてしまう。


「は、神魔法などめっそうもございません。これは天罰でして……そこのお嬢様がご親切にも、雷に灼かれた傷を癒して下さいました」


「神魔法とは傷を癒やせるようなものなのか?」


「いえ。それは精霊魔術でございます」


ああ些細(ささい)なまじないだな、と皇帝が頷く。その通りだがエイレンはややムッとした。


「お前は何か見たか、キルケ」


「ひぇっ?!」


まさか名前まで覚えられていると思わなかった吟遊詩人は素っ頓狂な声をあげた。


「なんだ」


「いえ何でもございません。ええ、そうですねぇ……」


まずはあっちの国の神様にこちらまで空を飛ばされて、山脈(アトラス)にぶつかって、それから神魔法の力をわざと暴発させて森の中に落ちて、その後は雷で森の樹をぷち倒して進み、その後雷と風で草原(マイア)を焼き水を噴出させてある程度消しました。


順を追って説明しても、恥ずかしいほど詩的じゃない。ただひたすら乱暴なだけだ。しかし皇帝は目を輝かせて耳を傾けている。


「なんと!そのようなことができるのか。朝には早速、草原(マイア)に人をやって調べさせよう。ではそなた」


ワクワクとした口調をエイレンに向ける。


「遠路はるばる来たところ済まぬが、時間が惜しい。早速だが神魔法について教えてくれぬか」


「では内密の話になりますのでお人払いを」


しとやかにエイレンが言い、皇帝は目でフラーミニウス氏らに退出を促した。残ったのはエイレンと皇帝のほかはキルケ、侍従長のみだ。


「陛下まだ人が」


「ああ侍従長は構わない。やや口うるさいが余の影のようなものだ。それより早く教えろ。神魔法とはそもそも何だ」


エイレンはにっこり微笑み、少年の頰に渾身の平手打ちをお見舞した。


予備動作すらいつ行われたか分からぬ、完璧な奇襲である。頰を押さえて呆然とする少年に、バカではなくて、と更なる暴言をぶつける。


「神魔法といえば聖王国軍の攻防の要。そのような重要な機密をホイホイ吐くわけないでしょう」


でもそうね、せっかくだから力をほんの少しだけお見せしましょうか。


口の端を芸術的につりあげ、エイレンは神魔法の詠唱を始めたのだった。

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