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7.お嬢様は皇帝陛下に会う(1)

夜、1台の馬車が南都を出発した。(ほろ)で覆われた駅馬車などでなく、立派な黒塗りの箱馬車だ。扉には皇帝の紋章を表す双頭の鷲。そして、窓には鉄格子。


馬車は北、皇都を目指して進む。


「囚人の護送をすることもあるので、守備隊の馬車は全て鉄格子付きです。自称皇帝陛下の客人様方をお送りするのに相応しくなくて誠に申し訳ない」


エイレン、キルケ、そしてとばっちりを受けたスリ師(彼はギロ、と名乗った)をまとめて馬車に押し込んだ上に自分も乗り込みながら、守備隊の本当に副長補佐官だったフラーミニウス氏は表面上の態度だけは軟化させてそう言った。


が、それを心から気にしている者などこのメンバーの中では誰1人いない。


「お国の馬車は庶民のと比べると揺れが大分マシだな」


リュートの調弦をしながらキルケが言い、エイレンが頷く。


「しかも無料で送ってくださるなんて本当にご親切。お昼は無礼者などと申し上げて悪かったわね、フラーミニウスさん」


「いえ構いません」


スリ師はというと終始無言で、相変わらず上機嫌なエイレンが何か言う度にビクビクと身体を震わせている。


若干は油断ならなさそうだと思ったが、それでも彼は腕に自信があった。事実、彼女はいったん彼を捕まえたものの、ありがちな隙を見せて彼を逃がしてくれた……はずだった。


その直後に彼が雷に打たれたのは、偶然だったのだろうか?


「天罰ではなくて」


出発前、あくまで表面上は任意聴取という名の取り調べを受けながら、女はそう言ったという。


「わたくしはあの方の傷を癒して差し上げただけ」


そうだ。雷に打たれたのに彼は死ななかった。雷は狙ったかのように彼の心臓を避け、右半身を中心に彼を灼いたからだ。


そしてその火傷も、女が言う通りに既に癒えて薄く皮膚が張っている。


有り得ないことだった。


おかげで助かったなどとは、とても思えない。


ただひたすら、恐ろしいだけだ。


南都でスリは珍しくない商売であり、万が一、捕まっても罰金のみで済むことがほとんどだった。なのに今回は帰れない。この女と一緒に皇都へ上がり証言せよと命じられてしまったのだ。


ヘタなこと言えば今度こそ、不可思議な力によって殺されてしまうのではないだろうか。


しかしそんなスリ師の心境にはお構いなく、エイレンとキルケは本日の買い物についての議論を闘わせていた。


「で、ドレスはちゃんと注文したんだろうな」


いつまでもグズグズと仕立屋に行こうとしないエイレンを急かしたところ「服地なんていつでも買えるではないの」と返答された。なんと彼女は、布を買ったら自分で仕立てるつもりだったとまじめに大ボケをかましたのだ。


帝国には大衆向けの職業として仕立屋が存在することを説明してそこそこ名の通った店に送り込んだのだが、果たして首尾はどうだったのだろうか。


「あらそんなことまでいちいち世話を焼いて下さる気なのねキモチワルイ」


エイレンは感情の見えない瞳をキルケに向けた。


「注文しなかったんだな」


「したわよ」


「どんなのだ」


「お気になさらなくてけっこうよ。この分だと、どうせ坊ちゃんに会う時までに間に合わないでしょう」


フラーミニウス氏が眉間に深い縦皺を刻んだ。


「その坊ちゃんとはどなたのことかな。返答次第では不敬罪に……」


「え?でもお嬢ちゃんでもお婆ちゃんでもないでしょう」


「貴様」


「大体が皇帝陛下を坊ちゃんと呼んだ程度で不敬罪になるわけがないではないの。マジメも人に押し付けすぎると恥をかくわよ」


フラーミニウス氏のムッと閉じられた口から微かに歯ぎしりの音が漏れている。


「それくらいにしといてやれよ」


キルケが口を挟んだ。


「フラーミニウスの2つ名は陛下命(フェデリタス)だ。ラールス朝開闢(かいびゃく)当初から続く帝国唯一の侯爵家だぞ。そこに名を連ねる人間にマジメも休み休み言え、つったって通じねえって」


「え本当なの」


「……」


さすがに驚いて確認するエイレンに、沈黙を守るフラーミニウス氏。


「では仮にもしそうだとして、そのような大貴族様の血筋に連なる者の地位がどうしてこんなに微妙なわけ」


うわーお嬢様の言葉の刃めちゃくちゃ(えぐ)ってくるな、と思いつつキルケが代わりに説明する。


「もともと文官の家系だからな」


その上に現在の帝国は出自を問わない完全な能力主義体制である。が、それを言ってしまうとフラーミニウス氏の歯が保つまい。


「ま、平和な昨今では順調に出世してる方だと思うぜ」


当たり障りなく結論付けてやると、フラーミニウス氏の強張った肩からほんの少し力が抜けた。そしてエイレンはあからさまにつまらなさそうな表情で、あらそうなの、と言ったのだった。

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