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6.お嬢様は容疑者になる(1)

デコボコとした田舎道がやがて煉瓦で舗装された道へと変わると、南都だ。


馬車はゆったりとした歩調で進み、街の中央の広場で止まる。各所から同じように人を運んできたのであろう馬車が道の脇に並び、(くびき)から解放された馬たちが噴水から水を飲んでいた。


「ありがとうよ」


御者に銀2枚を支払うと、よっと勢いをつけて馬車を降り、しばらく待つ……あれ、お嬢さん出てこないな。


さしものエイレンも馬車酔いには勝てないか、と内心ニヤニヤしつつキルケは馬車を覗き込む。


「お嬢さん、着きましたよ」


しーん。


あれ。もしかして馬車が揺れすぎて憤死したかな。


前半は額に青筋立てながらも冗談言ったりしていた彼女は、この馬車の旅後半ひたすら姿勢を真っ直ぐに保ち半眼を閉じ、話しかけても反応しなくなったのだ。


馬車酔いなのだろうと放っておいたのだが、ここは慎重に生死の確認をしなければ。


まずは紙縒(こより)を鼻の下に……


「生きているし気絶もしていないわよ」


ちっ、と舌打ちをして紙縒(こより)を引っ込めるキルケ。


「じゃあ早く降りるんだな」


「そうね」


珍しく素直にエイレンが応じ、馬車の手すりを掴んだ時、その手から銀貨が落ちた。銀貨はころころと転がり、車輪の傍で止まる。


「何してるんだよ」


しょうがないな、とキルケはかがんで銀貨を拾ってやる。その背に不意に重みが乗った。それは、何だ?といぶかるには余りにも明確な重みである。


(この女……!)


うっとうめいたまま固まる背の上を、楽器(リュート)を避けながら実に優雅にエイレンは踏みしめ、煉瓦の道に降り立つと悠然と靴を履いた。振り返り、慈愛に満ちた表情でキルケを助け起こす。


「本当にあなたときたら!いつも踏み台になどならなくて良いと申し上げているでしょう?」


聞こえなさそうで聞こえる、そんなラインをキープしたエイレンの声に、御者のおじさんがちらりとこっちを見た。そしてまた、不自然な程に正しく前を向いた。その口許の微妙な歪みが、踏み台になりたがる男への評価のような気がする。


やられっぱなしでなるものか。


「いやあ、人を踏みにじる時のあんたの顔があんまり嬉しそうだからさ」


どうだ私1人に泥をかけようったってそうはいかない。


「あらやだ。気付いてらしたの」


エイレンは恥ずかしそうにうつむいた。これは、とキルケは警戒する。


まだもう一段階いくサインだ。


エイレンはつと手を伸ばして優しくキルケの頬を撫でた。


「そうなの。わたくし、あなたの最上級にお幸せそうな顔を見ると、胸が震えるほどに嬉しくなってしまいますの」


そのままキルケに背を向け、辛い物と甘い物と酸っぱい物を同時に呑み込んだような口許の動きを繰り返している御者のおじさんに銀2枚を渡す。


その口角がきゅっと上がっているのをキルケは見逃さなかった。きっといつものごとく、してやったりと腹の中では大爆笑なんだろう。


が、彼女がこんなことを言うのは初めてだ。


「おかしかったわねえ、あの御者」


買い物をするために広場を離れ、馬車の姿がすっかり見えなくなった時、エイレンがクスクス笑って話しかけてきた。


「口許だけであんなに意思表示する人初めて見たわ」


「あんた御者をからかうために私を踏んだのか」


「あら楽しかったでしょう?調子の合わせ方がなかなか良かったわよ」


「踏まれたことは楽しくなかったぜ」


「ひとの馬車酔いを喜んだりするからよ」


いや本当にそれに苛立ったんなら、嫌がらせはもうちょっと手酷い気がする。靴のままで踏み付けるとか。


もしかしてこれからまだ何かあるのか、と一瞬身構えたキルケであったが、対するエイレンの方は足取りも軽く、あれ見てホラ、と目につくものを指し示したりしている。つまりは上機嫌なのだ。


(なんだ普通の娘と同じじゃないか)


大体の人間は、南都に来ればはしゃぐものだ。特に若い娘は。


流行の服、心をつかむ雑貨に甘い菓子。気軽に入れる芝居小屋もあれば、道端では芸人たちが呼び声も賑やかにそれぞれの技を披露していたりもする。


馬車の中で興味なさそうにしていたのは、このような街を知らなかったからだろう、とキルケは思った。


「はしゃぐのはいいが、スリに気を付けろよ。あと目付きの悪いヤツと酔っ払いには目を合わせるな。何かと面倒だ」


「あらこのわたくしに因縁つけようという勇気あるお方なら、それ相応の返礼をして差し上げれば良いだけではないの」


「街中で神魔法ぶっ放すなよ」


「周囲の方に迷惑をかけることなんてしないわ」


「よし、じゃあまず昼飯だな。南都名物の美味い店に行くか」


「まぁ楽しみ」


ニコニコとエイレン。ここがほかの街ならば、彼女のこの態度は怪しいかもしれない。しかし、ここは南都だ。


それはもう、性格が少し変わるくらいはあるのではないだろうか。


キルケはそう考え、1つ頷いたのだった。

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