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4.お嬢様は婚約する(3)

暖炉の火がパチパチとはぜ、乾杯をする人々の顔を優しく照らしている。気のおけない親戚同士の集まりはどこまでも和やかで、皆が年若いカップルの婚約を心の底から祝っていた。


当の2人を除いては。


繰り返される「おめでとう」ににっこりとそうは見えない愛想笑いを返すお嬢さんと、どこまでも陽気な吟遊詩人。それぞれの心境はというと。


(ふっこの程度でわたくしを動揺させようなどと甘いわね。でも後で絶対に泣きを入れさせてやるわ。全くどうしてくれようかしらこのバカ男)


(あれ?思ったより怒ってないなー絶対に怒り狂って物陰にでも呼ばれて「どういうおつもり?!」とか言われるかと思ったのに拍子抜けだぜ)


そしたら「人をナメて嘘ばかりつくからこういう目に遭うんだ」と説教してやるつもりだったのに、それもできなければ用意していた言い訳も使えない。


「せっかくの祝いだ、良かったら何か歌ってくれないだろうか」


村長がキルケに請うと、周囲から拍手が起こった。


それでは、と大仰な身振りで挨拶をし、リュートを調弦して単調なアルペジオを繰り返し奏でて声を乗せる。


『真白き雪の(しとね)より萌え出づる若き芽、凍てつく氷より流れ出づるせせらぎ

君聞くや、春の女神の優しき息吹を、舞い踊るその足音を

雪が解け山が緑なす頃、君の御魂をふるさとに返さん……』


あれ?これ歌う予定じゃなかったんだけどな、とキルケは慌てた。彼の中では帝国に帰った時点でイケメン君(カロス)の喪はもう終わっている。


懐かしい国ではしんみりと喪に服されるより、いつものように歌ってやった方が本人も喜ぶだろうと思っていたのだ。


(ああ、喪中は今の私の気分か)


成り行きで形だけとはいえ、あんたの惚れた女と婚約なんて状況になってスマンなイケメン君(カロス)


最後のアルペジオを弾き終わると、キルケはシーンとしている聴衆に向かって再び大仰な礼をした。


「せっかくの祝いの席でしんみりとさせてしまい、まことに!申し訳ない」


おどけた口調に皆の緊張が緩む。


「実はこれは私の好きな曲でして。普段は弾かないのですが、今日は私たちの祝いということなのでまぁ良いか、と仕事そっちのけにして歌わせていただきました」


そりゃそうだ、と1人が合いの手を入れ、どっと笑いが起こった。


「今度こそは、正真正銘の祝い歌ですよ。お聞き下さい」


再びリュートをかき鳴らし、キルケは陽気に歌い始めた。


キルケの歌が終わった頃、得意満面、といった表情の若奥様とアリスちゃんがタルトを運んできた。


その大きさと盛られた果物の量、そして完璧に整った形と上に散らされた金箔に歓声が上がる。


「皇都の料理人でもこんなのはなかなか作れないな」


「食べるのがもったいない」


口々に褒められ、彼女らの顔がますます輝く。


「このタルトは砂糖を使っていますの」


おおっなんて贅沢なんだ!と再び歓声が上がった。砂糖は南方でしか作られていない。何でも手に入る、と言われる帝国内においても貴重な品の1つだった。


タルトだけではない。詰め物をして焼いた鶏、ワインとスパイスをかけて蒸した川魚、チーズの入ったオムレツ……テーブルの上に並ぶ料理はどれも、素材の調達からして大変だったろうと思われるものばかりだ。


(これだから人に何かしてもらうのは嫌いだわ)


エイレンは内心ため息をついた。こういうのに感動したり素直に喜んだりできる性格だったら良かったのに。己にできるのは、そのフリだけである。


「おめでとう」


「ありがとう」


アリスちゃんと若奥様にせめてもの笑顔と軽いハグを返すと、アリスちゃんはさらに嬉しそうな表情になり、若奥様はすかさず耳元に囁いた。


街に着いたらすぐに神殿に向かうのよ、と。


村長が両手を打って呼びかけた。


「さてさて、では皆が揃ったところで恋人どうしの贈り物を……」


婚約パーティーでは男性が女性に指輪を贈り、女性は男性にキスを返して婚約完了。帝国ではなぜ人前でのこんな茶番が風習になってしまったのだろうか、と思わずにはいられない。


「どうぞ、お嬢さん」


キルケが真面目くさってエイレンの左手をとり、指輪をはめた。見覚えのある緑がかった石にエイレンの瞳がわずかに開く。


(透輝石……)


精霊魔術師(まじないし)の館では毎晩、師匠(リクウ)のまじないでこの石に青白い光が灯る。きっと今夜も同じように。


「気に入ったか?」


キルケがそらぞらしい笑顔で耳元に口を寄せた。


後腐れが無いように1番安そうなヤツにしといたから、後で好きに始末して良いぞ。


「まぁ、お気遣いどうもありがとう。では次はわたくしの番ね」


覚悟してらっしゃい。


エイレンはスルリと彼の首に腕を回すと、その唇に意地を込めたキスをお見舞したのだった。

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