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4.お嬢様は婚約する(2)

村長宅に戻るとアリスちゃんは、居間で待っていて下さいね、と言い置いて足早にキッチンに引っ込んだ。


衝立(ついたて)や飾り壺などが片付けられた居間はなかなかに広く、暖炉から離れた2つの隅にはそれぞれ大テーブルが置かれて料理が載せられるのを待っている。


暖炉の周りでは村長とその親戚らしき男達、それにキルケが子供を遊ばせながら談笑していた。子供たちはおままごをしているようだ。4、5歳の女の子が2人。3歳くらいの男の子は、ちょっと怒りながら赤ちゃん扱いをされている。


ベスちゃんだけは相変わらず「ほんとのおとぉたま」がお気に入りらしく、キルケの背によじ登っては降りる遊びを繰り返していた。


この中に混じって、おそらくは子供たちに問答無用で懐かれつつ和やかにお喋り……やろうと思えばできるわ、とエイレンは考える。


(できるけれども、やらなければならない義務はどこにもないわよね)


無理やりにでもキッチンを手伝わせてもらおうと決意した時、キルケと目が合った。


なにその婦女子の客向けな晴れ晴れしい笑顔は。


ちょっと失礼、と周りに断ってエイレンをエスコートしにやって来るキルケ。


「どうぞ。皆さんお待ちかねだ」


わざとらしく肘など突き出して、何を企んでいるのだろう。


「要らないわ」


「いいのか」


キルケがそっと囁いた。


「あんたが私の追っかけだって情報はもう親戚中に行き渡ってるんだぜ」


そらもう、私のエスコートを断ったって情報が今キッチンにいる女性陣に届くのなんざ秒速だろうなぁ。きっと彼女ら「遠慮なんかしちゃダメよっ」とかあんたに詰め寄ってくるぜ。


笑顔は爽やかなままなのに、言うことはえげつない。


エイレンはキルケの肘に手を置きつつ呟いた。


「正直そんなことすっかり忘れていたわ」


「だろうな」


しかし言った本人は忘れていても、娯楽の少ない村は甘くないのだ。こじれた恋愛沙汰(面白そうなこと)がみすみす見過ごされてしまうことなどあり得ない。


暖炉の傍までくると、親戚連中がいっせいに立ち上がり2人を取り囲んだ。


「いやぁこの度はおめでとうございます!」


口々に祝われているが、何がそんなにめでたいのだろうか。


どういうこと、と目で問うとキルケはあごで居間の中央やや上方に渡された横断幕を指した。


『祝♡ご婚約 エイレン様♡ホントノートー様』


……どうしてこんなことに。


再びキルケに目を向けると、彼は爽やかな笑顔を崩さず唇の動きだけでその心を伝えてきた。


ざまあみろ。


了解したわ、とエイレン。


(このわたくしをからかってタダで済むと思わないことね)


いかにも感動に震える小娘っぽく両手で頬を挟み目を潤ませながら、彼女は作戦を練り始めたのだった。



※※※※※



「あなたどういうつもり」


キルケが女たちに詰め寄られたのは、昼食後すぐのことだった。キッチンに呼ばれたのは、献立相談のためでも味見のためでもない。


尋問するためだ。


担当官は若奥様、奥様、それにアリスちゃん。


普段は開きっぱなしの戸はきっちり閉められ、ご丁寧に鍵まで掛けられている。調理台の上では研ぎたての包丁がキラリと光を放ち、人ひとり入れそうな大きな(かまど)ではゴボゴボと音を立てながら湯が沸き立つ。


「何のことでしょうか」


表面上あくまでにこやかに聞き返すキルケ。おかしい。この家ではまだ誰にも、手を出しても出されてもいないはずなのに。


若奥様がさらに1歩前に進む。


「あんな良いお嬢さんをいつまで待たせておくの?」


花の命は短いのよっその盛りを全てあなたに捧げている一途なお嬢さんをあなたはっ。


若奥様の口から一気に出てきた言葉の羅列は、一体誰のことを指すのだろうか……いや状況判断では分かるけれども。


エイレンがもし若さと美しさにそこまでこだわるなら、伝説の中の魔女の如く男の精気を吸い取ったり血風呂に入ったり平気でしそうである。


だがしかし、ここでそんなことを言おうものなら、村中から客を無くした挙げ句に2度と入れなくなるかもしれない。


「いやぁだってずっと一緒にいるものですから、別に急がなくてもいいかなぁって」


「ダメダメダメ!」


これだから男は、と若奥様。


「そういうことはキチンとしておかないと、そのうち逃げられちゃっても知らないわよ」


「そんな逃げるなんてあり得ないですよ」


逃がさないわよせいぜいわたくしに利用されなさい、と首に縄を掛けられて引きずり回されることはあっても。


「その油断がいけないと言っているでしょう!」


掴みかからんばかりの勢いの若奥様を、まぁまぁダイナさん、と奥様が抑えた。


「そうねぇ。そちらにも色々と事情がおありなのでしょうから、すぐに結婚とかは無茶な話よねぇ」


穏やかな口調で奥様。さすが、よく分かっていらっしゃる。


「そうなんですよ。私とて彼女を心憎からず思ってはいるのですが、どうしてもその」


「そう、心憎からず思ってはいらっしゃるのね」


「はい、それはもう」


そういうことにしておかなければ、この村に滞在中チクチクとした目線と陰口にさらされそうだ。


そういうことなら、と奥様はポン、と手を打ってにこにこされた。


「婚約だけはしてしまったらいかがかしら」


それは名案ね、とアリスちゃんと若奥様が目を輝かせる。


「そういうことなら、婚約パーティーをしなきゃ」


「そうね。今日は歓迎会だけじゃなくてぜひそっちもしなくちゃね」


いやそっちはひっそりやりますから、とキルケは断ろうとした。


「指輪も無いですし」


「そんな形式にこだわっていてはダメよ」


と若奥様。指輪なら、と奥様はさらに優しい微笑みを浮かべる。


「差し上げますわ。素晴らしい歌のお礼代わりに」


いえ現金の方が全然良いです、とも言えないではないか。


かくしてお膳立ては整い、キルケは覚悟を決めたのだった。


もとはといえばエイレンがまいた種。どうせ一時のことだ、せいぜい彼女の驚く顔でも拝んで楽しんでやろう、と。

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