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4.お嬢様は婚約する(1)

手習い所はエイレンの想像を良い意味で裏切る場所だった。


スパイ氏(カロス)から聞いていた学校は、それなりの設備や教師といったものが必要で、聖王国で神殿が手掛けるには悔しいがモノ過ぎる。


問題は、工場建設にでさえ金を出し渋る政治系貴族から学校制度のための資金を搾り取るのは難しいことにあるのだ……というのは思い違いだった、とエイレンは悟った。


学ぶ気がある者さえ集まれば、立派な設備は必ずしも必要ではないのだ。


この村では、畑の隅に建てられたやや古びた丸太造りの小屋がその場だった。中には同じく丸太を切って作られた机とベンチが並び、数人の子供がそれぞれに課題に取り組んでいる。


「旅の方ですね。手習い所(ここ)を見に来るなんて珍しい」


旅人が来ているという情報は既に蔓延(まんえん)しているらしく、ここでも特に不審がられることなく教師役の女性が案内してくれた。


手習い所では、教師役は大人がローテーションを組んで行っており、学習は自習形式だという。


「村長や奥様もたまに入られますよ」


学習意欲だけでなく、教育熱も高いのだ。聖王国の民がこうなるまでには、あとどれ程の時間が必要なのだろう。


隣同士で仲良く教え合っていたように見えた子供が2人、急にケンカを始めた。


「よくあることですよ」


クスリと笑って教師が言う。


「ケンカは外でしておいで」


「だって!」


「ジュアナ聞いてよ!」


「ここでは先生と呼びなさい。先生は今どう言いましたか?」


「はーい」


なぜかそれで収まるところがすごい。エイレンが子供達が書き取りをしている紙の束を覗くと、そこには悪口の応酬の跡が残っていた。


バカ、アホ、ウ○コ、シ○コたれ、オ○ラぷー、ちびかす、オマエのカーチャンでべそ、オマエのジーチャンハゲピカリ


ここで途切れているところを見ると、どちらかがジーチャンのハゲでキレたのだろう。


「まだまだね」


思わず漏らした感想に、子供達は驚いたらしい。4つの目にじっと見つめられ、エイレンは解説した。


「ケンカで一番負けた感があるのは言い返せなくなった時でしょう。罵り合いは低レベルだわ」


「じゃあどうするの?」


「簡単な言い換えでレベルアップできるわよ。例えば……」


ペンを借りてサラサラと書き出す。


『バカ、アホ → ずいぶんと良いお(つむ)ですね/常人には思い付かない発想をされますね』


『ウ○コ、シ○コ、お○らプー → その服はそろそろお洗濯されては/耳の後ろ洗い忘れておられますよ/トイレはあちらですよ』


『ちびかす → 小柄で可愛らしいですね』


『オマエのカーチャンでべそ → ぽこっとしたオヘソがチャーミングな素晴らしいお母様ですね』


『ジーチャンハゲピカリ → お祖父様のご立派なお人柄を表すかのように輝く頭頂部ですね』


ほめてるじゃないか、と子供。


「そうよ」


「そんなの意味ないよ!」


「あなた、最初から毒と分かっているものを食べるかしら」


「食べない」


「そういうこと。毒は甘い蜜の中に垂らすものなのよ」


丸飲みさせて、後でジワジワ効かすのだ。


「ふうん?」


納得したようなしないような。微妙な反応をする子供たち。


はいはい、と教師が手を叩いた。


「では良い例文をいただきましたから、書き取りしてみましょうか」


はーい、と素直な返事とともに、子供たちは机に向き直った。


「助かりました。あの子たちは書き取りさせるといつもああで」


「仲が良いのね……でもあんなの書かせて大丈夫かしら」


「大丈夫ですよ」


深い意味は分かっていませんから、と教師はにっこりした。分かるようになる頃には、きっと彼らはそれぞれの将来(さき)を見据えていることだろう。


手習い所を出ると、日はもうかなり傾いていた。畑にかがんだ村人がエイレンに手を振る。


「いつまでいる予定ですか?」


「決めていないわ」


「もし長くなりそうなら、うちにも遊びに来て下さいよ」


こうしたやりとりを面倒だと思わないのは、ここが他国だからだろうか。


「ありがとう」


礼の言葉は自然に唇から漏れた。待ってますよ、と言う村人に手を振ってエイレンは歩き出す。


広場の手前で、黒褐色の髪をお下げにした少女がエイレンの方に駆け寄ってきた。


「探しましたよ。案内が要るって気付かなくてすみません」


「大丈夫よ。忙しかったのでしょう」


「はい、でももうほとんど終わりましたから!」


楽しみにしていて下さいね、とアリスちゃんの足取りは弾むようだ。


「わかったわ」


人に何かしてもらうのは苦手だったが、村長の家の人はこう言った。私たちも楽しいんだから良いのよ、と。


その言葉を素直に受け入れてみるのもたまには良いだろう、とその時のエイレンはそう思っていた。

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