2.お嬢様は村にお泊まりをする(3)
ありがちな話ではあるが、村長の館に客間は1つきりだった。そして客間のど真ん中に堂々と置かれた……
「おう、羽根布団だぜ。豪勢だな」
キルケは、男女間ではおそらく問題になりがちなソレを飛ばして、あえて物事の良い面のみを挙げる。
「その通りね」
エイレンは頷くと、さっさとベッドに潜り込んだ。彼女の夜着は、若奥さんが貸してくれた帝国貴族風の絹のネグリジェだ。優雅なドレープの中に、動くと身体のラインがはっきりと浮かび上がるなかなか魅惑的な仕様である。
「ではお休みなさい」
ちょっと待て、とキルケ。
「私はどこに寝れば良いんだ?」
「どこでもお好きな所でお休みになれば」
「それはその、あんたの隣でもいいんだな?」
お約束。村長宅の客間はベッドもでーんと大きいのが1台きりである。
「心配なさらなくても、今日は襲ったりしないわよ」
さすがのわたくしも疲れたわ、と布団を頭まで被ったままエイレンが言う。
「あんたが襲われるかもとか、そういう危機感は無いのか」
「あらその腰で。頑張るのね」
鼻で笑われた。200%安全だと思われるのがこんなに情けないことだとは今まで知らなかったぜ。
こうなったら絶対に反応などするものか、と決意してキルケは彼女に背を向け、ベッドに横たわる。
「あ、そうだわ」
不意に思い出したようにエイレンが起き上がり、ガバッと布団を剥ぎ取った。
「そのまま横向きの姿勢で膝を開いて下さらない」
あれ今日は襲わないんじゃなかったんでしたっけお嬢さん。
うっかりドギマギしつつ言われた通りにキルケが膝を開くと、何か柔らかいものがバフッと股間に突っ込まれた。
「そう、そのまま膝を閉じて」
「一体……何なんだ」
モフモフと羽根のように柔らかいそれは、気持ち良く彼の太腿を責めている。女は彼の耳に唇を寄せ、優しく囁いた。
「……枕よ」
どう、腰がラクでしょう?
言い置いてエイレンは再びベッドに潜り込み、スヤスヤと健全な寝息を立て始めたのだった。
※※※※※
同じ夜、聖王国の精霊魔術師の館では―――
「いつまでプンスカしてるんだよこのお嬢ちゃんは」
ハンスさん(神様)は呆れ顔をしながら、鍋から取り分けた猪肉をアリーファの前に置いた。ほかほかとした湯気から生姜のスッキリとした香りが漂っている。
「だってっ!どうして引き止めてくれなかったのよ!」
朝起きたら、エイレンの姿は既に無く、彼女が身に付けていた金とルビーの首飾りだけが簡単な書き置きと共に残されていた。
『また会いましょう』
確かに知り合って間もない別れではあるけれど、なんだか寂しすぎる。
「だから事後報告に来てやったろうが」
こうして土産まで持って。
リクウがスープを1口のみ、ほうっとため息をついた。
「いやあ、なかなかの腕前なんですねえ。料理までできるなんて神様すごいじゃないですか」
「だろだろ?」
相手は神様とりあえずほめちぎっておこう、という意図が見え見えだが、ハンスさんはけっこう乗っている。
「なにしろ神殿の供え物ときたら、種類豊富なのはいいが調理済のものがちっとも無いんだよな」
おかげで俺も料理上手になった、ってワケだ。
得意満面の神様に、アリーファはジト目を向ける。
「ハンスさんの千年越しの恋ってその程度だったんだ」
平気でヨメを他国に送り届けて、その後に他のメンバーと猪鍋パーティーができる程度。
「いやぁ俺の愛は海よりも深くて広いから」
最終的に俺の元に帰ってくれば無問題、と白い歯をきらめかせるハンスさん。
「一生帰ってこなかったらどうする?向こうで良い男見つけて居着いちゃったら?」
ゴフッとリクウがむせた。
「俺は!そんな心の狭い男ではなーい!」
そもそも俺の教えは完全自由恋愛だ、と神様はエラそうに宣った。
「本当に本当?」
「もちろんだとも」
「男性側だけの都合の良い論理じゃなくて?」
「当然だ!」
その証拠に、今世だってヨメがどんなにイロイロなことをしていても温かく見守っているだろうが。
「なにしろ今世の俺は『お兄ちゃん』キャラだからな」
「なにそれ」
初耳である。
「小さい頃のエイレンはなぁ、それはそれは可愛いかったんだぞぉ」
ハンスさんはデレデレと相好を崩した。
「万人に無愛想な子が!俺にだけは笑顔で『お兄ちゃま』って呼ぶんだよ」
リクウがブッとスープを吹き出しかけ、すんでのところで踏みとどまる。
「えー嘘!信じらんなーい!」
「まぁ俺だけが知っている彼女の真実っていうかな」
「それ絶対に騙されてると思う」
なにせ相手はあのエイレンだから。
「ほざけほざけ。俺は来世までも『お兄ちゃま』でかまわんとあの時思ったんだ」
騙されるくらい乗り越えてみせる。
ハンスさんは白い歯を見せて言い切った。
萌えにつける薬なんて、所詮世の中には存在しないのだ。




