3.お嬢様は土木工事に着手する(1)
ひと晩の伽が良くて半銀。そう聞いた時には驚いたものだ。高級娼館に住む女達なら、着飾って数時間パーティーに出るだけでも銀5枚は貰うはずなのに、なんという格差だろう。
しかし実態を見てなるほど、と思った。
川原の女達はそこに建てられた小屋で生活し、客の相手をする。なのに小屋の内も外もボロボロだった。部屋には湿った臭気が漂い、寝藁もシーツも毛布もじっとりと重く、寝ると身体が痒くなりそうな気がした。
女達の服はいつも同じだ。ボロボロになるまで着潰してから次を買うのである。どうせ脱ぐのだから同じだ、ということらしい。
「あんたみたいなお嬢さんは知らないだろうけどさ、下町の連中なんて皆こんなもんだよ」
有り得ないわ、とエイレンが憤慨する度にセンはそうたしなめた。
「ならターゲットを変えるべきね」
「……?ターゲットってなにさ」
「半銀しか出せない客から銀1枚は出せる客へよ」
街中の娼館なら相場は銀3、4枚程度。ならばこちらは部屋のグレードとサービスを上げ、しかしより安く提供して客を奪うのだ。
シンプルなアイデアだが、センとエイレンは短期間でそれなりに成功している。かといって他の女達がそれを見習うかというと、残念ながら違った。
エイレンは暇を見つけては川原の小屋を一軒ずつ訪ね、半ば以上無理やりに掃除や洗濯をしているが、現状は迷惑がられることの方が多い。
しかし、ぼちぼちと興味を持ち始める者も出てきた。今エイレンが洗濯を教えている姉妹、エルとクーもそうだ。
「これ結構疲れるね」
お湯で浸したシーツを足で踏みながらエルが言う。
「ええ。いい運動になるでしょ。晴れた日には毎日するといいわ」
「えっそんなに」
「毎日ならお湯をいちいち沸かさなくても良いし、清潔にした方が客からたくさん搾り取れるわよ」
エルは17歳、クーは1つ上の18歳だ。丸い顔立ちと人懐こそうな黒い瞳で年よりも幼く見えるこの姉妹は、川原では他の女達ほど成熟しているとは言い難いが別の魅力でじゅうぶんに売れっ子になれる、とエイレンは踏んでいる。
「それなんだけど」クーが遠慮がちに口を挟んだ。
「たとえばあたしらが、ほんとに銀1枚で客をとれるようになるとするだろ。そうしたら、後は銅貨1枚だって負けちゃいけないんだろ」
「そうよ。あなた方なら絶対できるわ」
エイレンも最初から料金は前払いで銀貨2枚、と決めている。この稼業を始めてしばらくは、高すぎる、と引く客のうち数人に「内緒よ」と囁きながら値引き代わりに宣伝をお願いしたりもしたが、今ではそんな必要もないほど人気が出てきた。
噂を振りまき興味を持たせ、期待以上の満足を与えられれば料金が高くても客は集まるのだ。
エイレンの説明にエルは瞳を輝かせて頷くが、クーは釈然としない表情のままだった。
「それじゃあその、銀1枚出せない客が可哀想じゃないか。貧乏な男だって女を抱きたくなる時はあるんだよ」
「姉ちゃん優しいね」
エルの言葉に同感ね、とエイレンは頷いた。
「わたくしに言わせれば、女を安く買い叩こうとする甲斐性ナシなど滅亡すれば良いのよ」
エイレンの瞳に宿った冷気にクーは首を縮め、エルは声を上げて笑った。