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21.お嬢様は知り合いを訪問する(3)

アリーファ母から昼食を誘われたのを辞退し、エイレンは郊外へ続く道を急いだ。今日中に行きたい場所はもう1件。川原に住む娼婦たち、センやエル・クーの姉妹に別れを告げる予定である。


歩きながら、己がもうじき精霊魔術師(まじないし)のもとを離れると言いそびれたな、と思う。


話がそれからすぐに、アリーファの元婚約者のことに移ったからだった。


「あの子はあなたに言ったかしら?」


と聞かれ、少し、とエイレンは答えた。確かそんな話になった時に、親しい知人としてどう受け答えするべきか判断がつかず一般論で誤魔化したのだった。


「確か亡くなったと伺っています」


「そう、一昨年の流行病(はやりやまい)でね」


「黒死病……」


一昨年、王都に吹き荒れた病の名を口にすると、アリーファ母は悲しげに頷いた。


確かその流行病でクーとエルの姉妹の母親も亡くなったと聞いた。神殿の指示に従って死体はまとめて焼かれ、姉妹のもとには骨1つ残っていない。


アリーファ母がうつむいて、その後悔を口にする。


「あの子を最期に会わせてあげることもできなかった。万一、感染(うつ)ったらいけないと私が止めたの」


「いい判断ですね」


施療院でも調べたが、どうやら他国からの輸入品の中にたまたま巣喰っていたネズミが、王都まで運ばれて爆発的に増えたことが原因らしいとしか分からなかったのだ。


しかしネズミをハンスさんの協力を得て駆除しても、病気の流行はしばらく続いた。この神様は治癒の方は得意ではない上に「たまの流行病は国内の人数調整に最適」と考えているから病気を祓う方は全く役に立たない。


当時エイレンは、病死者が出た場合は家ごと燃やすことを主張した。周囲に反対されて結局は死体をその肌に触れていたものごと燃やすことで落ち着いた。


それまでは土葬が習慣だったところに、火葬を身分関係なく徹底させてついたあだ名が『炎の魔女』である。病は火でなければ清められないのは常識なのに、周囲の反発はかなりのものだった。


「今から思えば、アリーファの様子がおかしくなったのはその頃からだったかも」


そして1年が経つ頃、そろそろ立ち直らなければ、と新しい結婚話を持ち出してドカンと爆発されたのだ。


「お嬢さんは、よほど悲しまれていたのでしょうね」


「後で冷静になって考えればそうなんだけど、精霊魔術師(まじないし)さんにお願いした時には全然分からなかったわ。私がこんなにあの子のことを考えているのにどうして、としか思えなかったの」


アリーファ母は恥ずかしそうだ。しかし「どうして」と思うだけわたくしより人間らしいかも、とエイレンは考える。


前例が無かろうとやり通さねばならないことがある時、周囲の反発など想定内。皆の目の前で涙ぐみ「わたくしとて辛いのです」などと言ったことは何度もあるが、それは反発を抑えるためであり本心ではなかった。


己は正しいことをした。もしもう1度あの流行病に対処しなければならないとしても、きっと同じことを繰り返すだろう。


だが今度は、うずたかく積まれた死体を燃やし尽くすよう指示しつつ皆の前で涙ぐんでみせる時、婚約者を亡くしたアリーファや母を亡くしたクーとエルの、悲しみを想っているような気がする。


(そのような立場になることなど二度と無いでしょうけれど)


以前の地位に未練など無いが、今ならきっと以前よりラクにやれるだろう、と思うのも事実だ。


郊外のマーケットに着いた時には日はすでに少し傾いていた。適当に買ったパンをかじりつつ、露店と露店の隙間から川原を見下ろして、洗濯小屋の煙突から細く煙が出ているのに気付く。


誰かがエイレン(とリクウ)が建てた小屋を使っているのだ。


どんなに『一の巫女』をラクにやれたところで、こういう喜びには敵わない。


エイレンは急いでパンを呑み込み、川原へ降りる道を一気に駆け下りた。神殿を逃げ出した後、初めて彼女を受け入れてくれた親しい知人たちに会うために。

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