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21.お嬢様は知り合いを訪問する(2)

エイレンにとっての初仕事だった『引きこもって親と口をきこうとしない金持ち令嬢から話を聞く』は、とても成功とは言えない結果に終わった。当の本人(アリーファ)の突発的な思い付き(私も精霊魔術師(まじないし)の弟子になる!)によって。


その後、師匠が何やらフォローしてくれたらしいこと、アリーファが両親に手紙で近況報告をするようになったことで、一応収まりを見せているものの、エイレンにとっては後味の悪い案件である。


本人が勝手に決意したことである以上、責任はエイレンにはない。精霊魔術師(まじないし)としての適性もそこそこありそうだし。


ただ、仮に5年修業したとするとその時は22歳。溺愛している娘が婚期を逃してしまうかもしれないことは、依頼主にとっては『この仕事頼んで大失敗』に違いなかった。


『婿養子をとって店の後を継ぐ』未来を当然のように押し付ける親御さんには個人的に嫌悪感を覚える一方で、仕事としてはこう思う。


「最初に手ぬるいことさえしなければ、あんな小娘、ラクに丸め込めたのではないかしら」


旅立ち前にその辺りをなるべくスッキリさせようとアリーファの両親を訪問したワケだが……さて、何を話そう。


出された薬草茶(ハーブティー)のカップを見つめ、とりあえず素直に行こう、と決めた。


「主人は商用で出かけておりますの」


せっかく来て下さったのに、と詫びる目の前の女性から、アリーファと同じ率直さを感じたからだ。


「今日お伺いしたのは、お忙しいのに申し訳ないのだけれど、大した用事ではないのです。ただ」


「ただ何となく気になって?」


アリーファの母は後を引き継ぎ、くすくすと笑った。どんなにイヤな顔をされても仕方がないと覚悟を決めて来たのに、驚くほど好意的だ。


主人がいなくて解放されているからだろうか、と思いつつエイレンは頷く。


「ええ。その通りです」


「確かに、頼むんじゃなかったと心の底から思ったものよ。主人にも散々なじられたし」


やっぱり。あの主人なら、自分は責任逃れしつつ、さぞかし奥さんを責め立てたことだろう。


「お気の毒なことです。わたくしがもっと気を付けていれば」


「でもあなた、私とあの子のやりとりを聞いててあの子に同情したんじゃない?」


冷静な分析は、きっと何度もその時のことを思い返してきた証拠だろう。しかしエイレンは首を横に振った。


「いえ、ガッカリしたのです。庶民の親子というものに憧れがあったので」


「憧れ、ねぇ」


「貴族にももちろん親子の情はありますが、それより責務の方が重要なもの。比べれば、庶民の親子というのは気軽で楽しげに見えていたものですから」


それはそういう家庭もあるでしょうけど、とアリーファ母。


「うちは先々代からここで店をやってきたの。私も店のために、主人と結婚した」


なんとあのエラそうな主人が婿養子。


「意外だった?」


「はい少し」


「とても優秀と評判の人を私の親が是非にと望んで結んだ縁だったけれど、プライドが高い人だから立場が我慢ならなかったんでしょうね。アリーファが生まれるまではよく苛められたわ」


お前は頭が悪いとか、バカなのにエラそうなのが気にくわないだとか、お前の話はうるさいから聞きたくないだとか。


しみじみとアリーファ母が回想する。エイレンは思わず本音を漏らした。


「叩けば潰れるハエのようなプライドなら、持たない方がマシでしょうに」


「それが、慣れるとかわいいものなのよ……あ、ちょっとヨイショしてやるだけでこんなに喜ぶんだ、とか」


「なるほど」


そういうことなら少し分かる気がする。


「でも、時々イヤになるのよね。話し合おうとしても黙れバカしか言ってこない男なんて、からくり人形以下だわ。結婚相手がもっとマシなら、こんな寂しい思いをせずに済んだのに……とか、時々思うわけ」


もし今巫女として愚痴を聞いている立場なら「分かりますわ」と相槌を打つところだが。エイレンは敢えて正直に口にした。


「期待できない相手に期待しては不満を溜め込むのは愚かなことだと、わたくしは思ってきましたが」


「その通りよね。でも、相手に期待できないこと自体がイヤになる時ってあるでしょ」


「そうした場合は、その人の存在そのものを心の中から抹消します」


ふふふ、とおかしそうにアリーファ母が笑う。


「そうしたくてもできない場合は?」


「体験したことがないので、分かりかねますね」


私はずっとガマンしてきたわ、とアリーファ母。


「ずっとガマンして、不満を漏らさずやってきたつもりだったけど、あの子には分かっちゃってたのねぇ……呪詛(のろい)って、そんな風に思っていたなんてショックだったわ」


イヤイヤイヤ!不満ダダ漏れだったってお母さん、とアリーファがいたら突っ込んでいるところかもしれない。


「それでね、しばらく1人で考えたくて主人には長めのお使いに行ってもらったのよ。もっと早くこうすれば良かったわぁ!」


どうしてずっと一緒にいなきゃいけないと思っていたのかしら、と心底くつろいでいる様子である。


「それで結論は出たのですか」


「ええ。もうガマンするのはやめようと思うの。アリーファがいないうちに、主人とたくさんケンカして、言いたいことはちゃんと言える関係を目指すわ」


「アリーファさんのことは」


「だからもうしばらくお願いね、ってことで……私、ここをあの子がちゃんと帰ってきたいと思える家にしてみせるわ」


アリーファ母は少女のような表情を浮かべ、エイレンにウィンクしてみせたのだった。

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