2.お嬢様は新しい職業につく(3)
川原の女達の朝は遅い。日も中天近くなってから起きだし、食事や身支度をしてぼんやり客を待つ。しかしそんな中、20日ほど前からセンの生活は一変していた。たまたま拾った娘のせいだ。
この娘は前の晩の仕事終わりがどんなに遅くても、日の出とともに起きだして衣類やシーツを洗濯し、小屋の戸を開け放って掃除を始める。
寒い。センは身を縮め、毛布にもぐり込んだ。
(この子は何だってまぁ毎日こんなに早いんだか)
いかにも良いところのお嬢さんっぽい雰囲気なのに、意外にも働き者なのだ。それにしても毎朝早くに起こされてしまうのは正直辛い。
「姫さん」センは目を閉じたまま呼びかける。
「戸を閉めて」
「もう少しして、スープができたらね。空気の入れ換えは大事よお姉さま」
神殿の施療院で働いていたというこの娘は病気の予防に特に神経質だ。運動、食事、睡眠はまだ理解できるが『清潔』『衛生』という耳慣れない行為をこうも徹底的に貫くのはどうだろう。
(確かに気持ちは良いし、儲かるがね……)
寝床の藁は日にあてられ、シーツからはかすかにミントの香りがする。客をとった上がりを惜しげもなく物干し竿や洗い替え用のシーツ・衣類といったものに注ぎ込んだ結果だ。
それだけに止まらず、ボロボロだった木の壁に簡素なものながらもタペストリーを貼り付けた。部屋の隅にはどこから見つけてきたのか銀の燭台をあつらえ、同じ装飾が施された銀のカップを揃え、葡萄酒の樽を置いた。
客はまず良い匂いのするロウソクを灯し、葡萄酒でもてなす。事が終われば湯で絞った布で身体を拭いてやる。
こうしたサービスがいかに客を引き寄せるかということをセンは身を持って知ったのだった。以前は良くて半銀だった代金は、今では銀1枚半にまで上がっている。娘の方は、『何やらワケありな貴族の若い娘』で今や銀2枚はとっているらしい。
フードを目深に被って顔を見せず、本番もさせず泊まらせもしない。なのに、なぜか人気が出ているのだから大したものだ。
きけば実家で婚約者のためにあれこれを仕込まれたテクニックが役に立っているのだという。
「一般庶民の男性にも使えて良かったわ」
もし貴族と仕様が違っていたらどうしようかと思っていたの、と本人はけろりとしていたが、普通の親が娘に閨房術など教えるものだろうか。上流階級の闇はセンには測りしれないほど深い。
「お姉さま」娘が声をかけた。
「わたくし出かけるからスープ召し上がっておいてね。パンとハチミツも出しておくわ」
「ハチミツがあるのかい。豪勢だね」
「しかもスープは干し肉入りよ」
だから起きてね、と言い置いて娘は軽やかに小屋から外へ出る。
「今日はどこへ行くんだい?」
「エルとクーの部屋。洗濯を教える約束をしているの。時間が余れば掃除もね」
「あまり迷惑にならないようにするんだよ」
センは口許をほころばせ、もうひと眠りしようと寝返りを打った。