表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/243

20.お嬢様は狩りのターゲットにされる(2)

狼の出産に立ち会ってから2日後。


アリーファはデレデレと思い出にひたっていた。


「赤ちゃんかわいかったなぁ」


母狼は里を守護する神の眷属なのだそうで、凛々しい白い毛皮を持っていた。言われてみれば、ハンスさんよりよほど神様っぽい気がする。


しかし、赤ちゃんの方はむくむくと黒かった。つたなく歩くさまは頬ずりして抱きしめたくなるほど愛らしい。


「はぅぅぅ……早く会いに行きたい」


明日にはもう1度様子を見に行くことになっている。だがしかし。


「アリーファ、現実逃避していないでオムツを替えてちょうだい」


それまでにはこの山を越えなくてはならない。アリーファとエイレン、2人の精霊魔術師(まじないし)の弟子はベビーシッターのバイト中であった。


「エイレン、なんであなた腕が利かないのにこの依頼受けたの」


「そろそろ治る頃かと思っていたのと、治らなくても3本あればまぁ何とかなるかと」


3本の腕のうち2本はアリーファのである。しかも子供は4人。5歳を筆頭に3歳、1歳半の双子というなかなかにして凶悪な布陣なのだ。


「あっこら待って!」


オムツから解放された1歳半の片割れが部屋中を駆け回る。しかしエイレンに足払いを掛けられ、ビタンとこけて泣き出した。


「あらごめんなさいね。ついうっかりしてぶつかってしまったわ」


泣いている間に手早くオムツを替えるアリーファ。弟子になりたての頃はこうした仕事の要領がつかめず、泣く子を一生懸命にあやしたりしていたが、今では分かっていることがある。


子供がじっとしているなんて、寝ているのでなければ泣いている時しかない。


「わたくし思うのだけれど、もういっそおしり丸出しで放っておくのはいかがかしら」


たった今もオムツだけ5枚ほど洗って干したところである。果たして足りるだろうか。


「絨毯を掃除しても手間としては同等だわ」


「ダメダメ!汚れがとれなかったらどうするの!」


「粗相なんてきっとこれまでに何十回しているでしょうに」


今2人がいるのはそこそこ裕福な家庭だが、もとはかなり高価そうな蔦模様も美しい絨毯は全体的に薄汚れて、ところどころ黒いシミがついている。


掃除してもコンマ10秒で汚されるのに意味ないわー、という依頼主の奥さんの諦めきった声が聞こえてきそうだ。


アリーファがぼやいた。


「私たち、2人ならもうちゃんとした精霊魔術師(まじないし)の仕事受けられるんじゃない?」


先日師匠を探しに行った折に、2人で透輝石のたいまつをともすことに成功したのだ……かなり苦労はしたけれど。


あの時は13回目でやっと、エイレンの呪文と力の発動とのタイミングが合った。暗闇を照らした青白い光はそれまでに見たどんな炎よりも明るくアリーファの心に残っている。


諦めなくて良かったわね、と口許をわずかに緩めて言ったエイレンにとっても、それは同じなはずだ。


しかしエイレンの返事はそっけないものだった。


「せめて3回で成功するようになってからではないかしら。それに、そこまで練習している間があるかどうか」


「本当に出て行くつもりなんだ」


腕が治ったらしばらくこの国を離れる、と聞いたのは昨日だった。


「そうよ……あ、絵はこっちの板よ。壁に描いてはダメ」


3歳が木炭を握ったのを目ざとく見つけて注意。セーフだ。


事の発端は、エイレンがハンスさん(神様)から聞き出した情報だった。ハンスさん曰く「国王の手の者がお前を探しているぞ」ということなのだが。


それでさっくり「では近いうちに国外逃亡しましょう」との結論に至るのが、早すぎる気がする……いやありなのかもしれないけど、エイレンだから。


「見つからなきゃいいじゃない」


「見つかった場合にあなたや師匠に迷惑が掛かるのが分かっていて、そのままではいられないわ。それに、逃げるだけが目的ではないし」


ああそうでしょうとも。たとえ1番の目的が逃亡であろうとも、そうは言わないのがエイレンだ。


「精霊魔術の修行、中途半端になっちゃうね」


「精霊魔術だけでなく、何もかもが中途半端なままよ。でもいいの、わたくし庶民だから」


そんな風に開き直れる庶民って多くはないんだけどな。思いながらアリーファは、彼女なりの激励を口にした。


「じゃあ、あなたが怠けている間に私はぐーんと差をつけてやるからね!」


「あら楽しみだわ」


エイレンが心からの笑顔を見せる。


おねえちゃーん、はやくボクのおはなし聞いて!と5歳がねだり、2人の会話はそこで終わった。


現役5歳男児のヒーローは国王。付き従う超絶優秀(チート)なボクと国王で、悪の神官長をボコボコに倒す妄想(おはなし)に夢中なのである。


残念なことにその内容は、おねえちゃんたちには半分程しか理解できない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ