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20.お嬢様は狩りのターゲットにされる(1)

狼は全部で4匹の仔を出産した。難産になりそうだと思ったが、幸い1匹生まれた後は比較的スムーズだった。


「数が少なかった割に安産で助かりましたね」


かわいいっかわいいっと、母狼の乳に群がる仔らをアリーファが夢中で見ている。


「これ安産だったの」


「はい。狼は普通6~7匹は産むので、それより少ないとかえって難産になるんですよ。この人の場合はかなりな高齢ですし」


「そう」


「あれ?なんか怒ってますか?」


「いえ。別に……師匠、これ彼女にあげてもいいかしら」


先程、お腹が空いたでしょうからリュックの中勝手に探って下さい、と取らせた焼き菓子だ。アリーファは大喜びで食べたが、エイレンはまだ手に持ったままだった。


要らないのではなく、出産を終えた狼には供え物をするという知識が、エイレンをそうさせている。


「いやぁ止めといた方がいんじゃね?まだこれから後産(のちざん)出るんだろ。それ喰うはずだから」


脳天気なまでに明るい声に振り返ると、(あかつき)の前のほのかな光が差す空をバックに、金髪に小麦色の肌をした男が洞穴の外からこちらを覗き込んでいた。


「ほい、出産祝い」


どっさ、と投げられたのは肉の固まりだ。祭壇からとってきたのかと思うほどに大きい。


エイレンがすっと彼の方へ行った。


「ちょっとハンスさん、あちらでお話がありますの」


滅多に使わない丁寧口調が恐い。


「おっなんだ?」


そのまま洞穴を出るエイレンを嬉しそうに男が追う。そうか彼はハンスさんというのか。


しばらくすると「ちっとも弱ってないではないの!」だの「嘘つき!」だのというエイレンの声が切れ切れに聞こえてきた。彼女が叫ぶとは雨でも降るのだろうか。


「ハンスさんって何者なんですか?」


「それはね、んー私から言っちゃっていいのかな?」


狼ファミリーしかいない周囲に目配せし、アリーファが声を潜める。


「これ内緒にしてね?言ったらエイレンに怒られると思うから」


「分かりました」


「なんとね、神様なんだよあの人!……あれ師匠、あんまりびっくりしてないね」


「それなりに驚いてますよ」


神気は分かる者には分かる。あまりにはっきりしているので、よほど手練れの神魔法士かと思っていたら神様本人だったとは。


「もっと驚くことがあるんだけど、師匠聞きたい?」


嬉しそうにアリーファ。ここは聞きたいと言ってあげるべきなんだろうか。


「言わなくてけっこうよ」


「ひいいっごめんなさい!」


背後からの凍ったような声に、アリーファが反射的に謝った。エイレンはかなり怒っているらしい。続いて口を押さえ、ニヤニヤした神様が入ってきた。


「いやーキスしたら噛まれちった。相変わらず激しいな」


「えっ噛んだの」


まさかの過剰反応の報告に、アリーファは驚いた。エイレンなら「キスなんて挨拶でしょ」とか言いそうなのに。


「奇襲とは、するのは良くてもされるのはイヤなものなのよ」


「ああそっか」


「産後の方がいなければ、雷で引き裂いているところだわ」


母狼と生まれたばかりの仔を脅かすわけにはいかないと、握りしめた拳がブルブルと震えている。


ガマンしているが決壊寸前といったところか。リクウが注意した。


「それすると髪の色、戻っちゃいますからね……あれもう少し戻ってる」


「ああこれは昨晩の分よ」


神魔法を使うと精霊魔術でほどこした変装は解けてしまう。


昨晩ハンスさんに雷落としたから、と説明され、リクウは苦笑した。どうやら老婆と出会ったあたりから、この神様にしてやられていたらしい。


「全く暇だからといって回りくどいことをされていい迷惑だわ」


「だってさぁ、俺、前からこちらの方に出産の時は宜しくされてたんだけど、正直苦手でよー」


あ、そういえばちょうど使えそうなのがいたと思ってねーてへぺろ。


「それ気持ち悪いからやめてちょうだい」


ハンスさんはバンバンとリクウの肩を叩いた。痛い。


「いやアンタほんっと気にくわなかったが今回は良い働きしてくれたわ、ほめてやるぞ」


はて僕神様に嫌われるようなことしたかな、と考えるリクウ。さして思い当たりはないし面倒だから、これ以上気にするのはやめておこう。


「お役に立てて何よりです」


「今テメー当たり障りの無いセリフで逃げようとしたな」


「いやぁ神様相手に事を荒立てるほど身の程知らずじゃありませんよぉ」


へらへらと言ってみたが、人畜無害スマイルに神様は騙されてくれなかった。


「胡散臭えヤツめ」


「師匠に失礼なこと言わないでちょうだい」


パシン、とエイレンがハンスさんの頭をはたく。


「てえなっおい」


「あらそれは良かったわね」


「大体お前な、そんな師匠絶対な振りしてうまく隠れたと思ったら大間違いだぞ!」


神様が涙目で反撃に出た。よほど痛かったのだろう……心が。


「それはどういうこと」


「お、やっぱまだ知らなかったか。教えてやろっかなぁ、どうしよっかなぁ」


「さっさと教えなさい」


ぴしゃりとエイレンが言う。


「さもないと、一生嫌いになるわよ」


「ぐはっ……」


止めのひと言はやはりこの神様には厳しいらしい。

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