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19.お嬢様たちは師匠を探す(3)

狭い洞穴に狼の異様な唸り声が響く。ここに放り込まれた時はまだ明るかった表もすっかり日暮れ、洞穴の中は更に暗かった。


彼女自身は夜目が効くから問題が無いだろうが……洞穴の奥、敷いてやった外套の上に横たわる狼にちらりと目をやりリクウは考えていた。


(なんとか手助けしてやりたいものだが、こうも暗くてはな)


たいまつが手元に無いのは、朝家を出た時にはこのような予定は入っていなかったためだ。


今日の仕事は、農家の煤払いが2軒だけ。予定通り昼過ぎには2軒目を終え、お礼にと焼き菓子をもらった。


卵と小麦粉とハチミツの生地にドライフルーツを混ぜ込んで焼き上げた菓子は、祭りの時にしか食べないような贅沢なものだ。しかし依頼主のおかみさんは、そのためにわざわざ作ったのだ、と屈託なく笑った。


「お嬢ちゃんたちに食べさせてあげなよ」


そういえば、自分も幼い頃からこういう親切なおかみさんたちに世話になってきたものだった。「子供にはちゃんと食べさせなよ」と彼女らは口を揃えて師を叱っていた……あれ、つまり今僕が叱られてるってことかな。


なにはともあれ、こうした心遣いは有難い。アリーファは手放しで喜ぶだろうし、エイレンも「いらないわ」とは……多分、言わないはずだ。


想像すると口許が自然にほころんでくるのを抑えながら急ぐ帰り道で、彼はその老婆に出会ったのだった。


ヨタヨタとした歩き方からして、珍しい程に長生きなのだろう。


(知らない顔だな)


なんとなく見ていると、いきなり崩れるように倒れた。


「大丈夫ですか、おばあさん」


「ああ……心配いらないよ。ありがとう」


ヨタヨタと足を踏み出し、また倒れた。


「いや、本当に大丈夫なんだよ……」


フラフラしながら言われても説得力がない。


「家まで送りましょう。どこですか?」


リクウにおぶわれた老婆が指し示したのは北東。なだらかな山のふもとに広がる森は、エイレンと初めて出会った場所だ……はてあっちの方に民家なんかあったっけ?


若干疑問に思ったものの、リクウは完全に油断していた。


道が細くなり、森の中に入っていっても。


「すみませんねぇ……もうちょっと先ですよ」


山を登り初めても。


「ああ、家はもう少し先なんです。こんな所まで、本当に有難うございます」


たどり着いたのは家ではなく、小さな洞穴だった。


「おばあさんの家ってここですか?」


驚きを隠せずに聞くリクウの前に、さらに驚くべき光景が広がる。


リクウの背を降り、洞窟の奥にうずくまった老婆の姿が変化していったのだ。全身にフサフサと深い毛が生え、耳は尖り、目はつり上がり、口は耳まで裂け ―――そしてその毛むくじゃらの腹は、一目で身籠もっていると分かる膨れ方をしていた。


そのまま放っておくわけにもいかず、とりあえず外套を敷いてやって待つうちに陣痛が始まった。


時々ビクッと身体を強張らせ、唸り声を上げる様子からそれと分かる。とりあえず安産のまじないを唱えながら腹を撫でてやるうち、どっと破水した。


問題はこれからだ。通常の出産であれば狼は、立ち上がって四肢を踏ん張り仔を産み落とすはずなのだが、彼女に立ち上がるだけの元気はないようだった。


(介助してやらなければ)


破水から分娩までに時間がかかりすぎるのは、母子ともに危険だろう。


辺りは既に暗く、明かりが無いのが辛かった。洞穴の壁に透輝石が含まれていないかとまじないを唱えてみたものの、黒々とした壁は何の反応も返さない。


手探りでできるだけのことをするしかないな、と再びまじないを唱えながら腹を撫でる。しばらく繰り返していると、やっとツルンとした羊膜に包まれた小さな塊が顔を出したようだった。


狼が首を曲げ、羊膜をペロペロと舐める。その袋が外に出やすいよう、リクウは手探りで後ろ脚を抑えてやった。


「ここ!ここじゃない?」


「確かに足跡があるわね」


弟子達が心配して探しに来たのだろう。会話が徐々に近づいてきて、ひょっこりと2人の姿が現れた。たいまつに照らされた影が浮かび上がる。


「あら……もしかしてそれ、師匠の子?」


「僕にそういう趣味はありません」


ぷりん、と出てきた羊膜の袋を狼の口許に置いてやると、彼女は慣れた様子で羊膜を舐め取りへその緒を噛み切った。

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