19.お嬢様たちは師匠を探す(2)
アリーファは夜道をずんずんと歩くエイレンを追いかける。月の出ていない道では、これ以上遅れるとエイレンの白い服も見えなくなりそうだ。
「待ってよ!」
「……大体なんだというのあの男。俺の女?冗談も大概にしていただきたいものだわ。わたくしはわたくし自身のものよ」
やっと追いついたアリーファは、その珍しい独り言に驚いた。
いつも感情が荒れるほど無表情で静かになるエイレンが、まさかの青春のシャウト。これだけ動揺させるなんてやっぱり神様ってすごい。
「ね、ね。実はやっぱり少しはときめいたりしてないの?前世の恋人だよ?」
「あなた想像してみて。好みでない男から身に覚えのないことで生まれた時から所有宣言される事態を」
「……うん理解した」
一族の誰にも似ない髪や瞳の色は大したトラブルもなく周囲から『神の恩寵』と受け止められていた。
そして『一の巫女』候補の最有力となり、地位には大して興味なかったが「えこひいきされてトクよね」的な陰口が気に入らず、つい努力を重ねてしまった。
それが完全に逃げ道を塞ぐことだと気付いたのは任命が決まってからというお粗末さである。
神様はもちろん親兄弟・親戚も認める中、納得いっていないのはエイレンだけだ。
「本当に全然好みじゃないんだ」
「ええ。だからハンスさんから前世云々の話を聞く度に、わたくしは『このひと絶対やんわりとフラれているわ』と確信したものよ」
もし前世とやらにまだその気があるのなら、ハンスさんが己にとって全くの範疇外であるはずがないのでは、と思う。
「でも『一の巫女』っていったら国王の側室確定でしょ。結局は現世でもきっぱりフラれることになるんじゃ」
「ならないわよ。そういうシステムだから」
エイレンの説明によると、神殿から上がる側室は月に1度、祭壇の奥でお籠もりをして神力を得る。その神力を側室として国王に渡すのだ。
「お籠もりの際には神様が降臨し、女に直接神力を注がれるとされていてその方法が」
「ごめんもういいです。大体わかった」
アリーファは奥手な方である。それ以上のことを聞いてしまったら、夜目でも分かる程に顔が赤くなってしまいそうだ。
「そっそれより、どんどん家のない方に行ってるよ?ほんとにこっち?」
「ええ間違いなく。ハンスさん脅して聞いたから」
一生嫌いになる、程度の脅し文句でホイホイ白状してしまうような点はかわいいと言えないこともないのだが。
山に埋めた(空気穴は開けたし翌日には出してやるから無問題)などはちっとも笑えない。そして、すぐに出しなさい、と詰め寄るエイレンに神様は囁いたのだ。
自分で助けに行けばヤツの弱った姿が見られるぜ、と。
甘言にうっかり乗ってしまっている己が憎い。ごめんなさい師匠、でも必ず助けるから。
道は細くなり、両脇の草木が生い茂ってきた。
「そこ、木の根が出ているわ。気を付けて」
「たいまつ点けられればなぁ」
アリーファは悔しそうにたいまつを眺めた。無いと不安で一応持ってきたものの、さっきから何度試しても灯らない。
いちはやく精霊魔術の力の流れは掴めたものの、それですんなり術が使えるようになったりはしないのだ。
「発音が違うのよ……こう」
エイレンがすらすらと呪文を唱える。傍で聞いていると、川のせせらぎや風の囁きに似てつかみづらい。
「すごーい!完璧?」
「に決まっているでしょう。ほらあなたももう1度……そこは違うわ。母音は『ほぼ無音』よ」
促されて呪文を唱え始めたアリーファだったが、エイレンのチェックは厳しかった。
口の形が違う、舌の位置が違う、その音はもっと柔らかく。
精霊魔術の呪文は口の中でなにやらブツブツ言っているだけに聞こえるが、そのブツブツが実は非常に繊細なのだ。
「無理!そんないっぺんに言われてもできない!」
「正確に発音できさえすれば、きっと透輝石は灯るわよ」
「エイレンが精霊魔術の力のコツを掴んだほうが早いよきっと」
「……それ本気で言っているの?」
「本気です。ごめんなさい」
なんだか怖くなって思わず謝ってしまったが、実際の話が何年かかればできるようになるのか見当もつかない。現段階でのアリーファは、精霊魔術のどの発音もほぼ同じに聞こえてしまうのに。
「そうね……では、わたくしたちが協力してみましょうか」
力の発動と呪文のタイミングさえ合わせればできるのではないかしら、とエイレン。なるほど、と思うアリーファだったが、問題が1つある。
「正直なとこ私、あなたとタイミング合う気がしないんだけど」
「大丈夫よ。ダメなら何回でもやり直せるから」
言い切ると、エイレンはアリーファの手を取り、瞼を閉じた。




