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18.お嬢様の前に神様が降臨する(3)

今夜のスープは赤紫色だ。スプーンですくえばドロドロと流れ落ちる様は、さながら魔女の飲み物である。


晩鐘が鳴って師匠が帰宅するまで小1時間ほど。水を足しつつひたすら煮込むうちに、ラディッシュがとろけてこうなったのだった。


「美味しそうですね」


「ご、ごめんね師匠?こんなになっちゃって」


「あらきっと大丈夫よ」


「そうですよ。いただきましょう」


アリーファは妙な違和感を覚えた。エイレンはもともと食にこだわらない。師匠(リクウ)もだ。


しかし、師匠(リクウ)ならここでひと言「遅くなってすみませんでした」とかあるんじゃないの?断定できるほど長い付き合いじゃないけど。


気のせい、ということにして、アリーファは食事をしながら本日のエイレンの行状を思うさま言いつけていた。


「それでね、エイレンったら師匠に約束したの破って、勝手に外出して!しかもどこ行ってたのかと思ったら王宮だなんて言うんだよ?!腕がずっと治らなくてももう知らないから!」


「まぁまぁ。腕はそのうち治りますよ。きっとお姉さんのことが心配だったんですよね」


なにその理解ゼリフ。師匠(リクウ)は確かに穏やかだが、人の気持ちにそこまで敏い方ではなかったような気がする。


アリーファの微妙な違和感に気付いているのかいないのか、エイレンは澄ましてスープを飲んでいる。


「あら。さすが良く分かっていらっしゃるわね……ところで、ねぇ?」


いきなりの鼻にかかった甘え声である。何する気、この子。


「片手でスープが飲みにくいの。飲ませてくださらない?」


対する師匠は平然とスプーンを持ち直した。


「ああ良いですよ。はい、あーん」


「ちょっと待って!」


思わずアリーファは声を上げた。おかしい。おかしすぎる。


「あらどうしたのアリーファ」


「そうですよ。不自由している人には親切にしてあげないと」


「そうだけど、何か違う!」


「ヘンなこと言う子ね」


いや変なのはエイレンあなたでしょ。今にも師匠にしなだれかかりそうな勢いで何甘ったれてんの。


アリーファは下を向き、これまででいちばん居心地の悪い夕食を終えた。それを見てエイレンもごちそうさま、と立ち上がる。


「ちょっと出掛けるわ」


「え?今から?」


「そうよ。ではね、行ってきます」


一瞬、師匠(リクウ)に凍えるようなキツい流し目を送って、エイレンはさっさと扉から出て行く。


「あ、ちょっと」


慌てたように師匠(リクウ)が後を追い、アリーファはひとり取り残された。


一体なんなのよ、もう。



※※※※※



雨上がりの湿った空気の中を、色濃く春の花の香りが漂う暗い道を、エイレンはたいまつも持たずに歩いていた。節約第一だった神殿暮らしのお陰で夜目は効く方である。


「どうしたんですか急に」


後ろから、穏やかな声が追ってきた。続いて肩をつかまれる。


また減点だわ、と思いつつエイレンは男を振り返った。


「あら心配してくださっているの?」


「当然ですよ」


「嬉しいわ……」


男の背はエイレンより少し高い。その首に腕を回し、耳元で甘く囁いた。


「でも、演技はヘタね。おかげでキスする気にもなれなかったわ」


「なんのことでしょう?」


まだとぼけるのねこの男。


ブルーグレーの瞳を至近距離から睨み付け、一気にまくし立てる。


師匠(リクウ)の真似をするのだったら、ああいうシーンでは平静を装いつつも固まったり戸惑ったりしてくださらない?本気で化ける気あるのあなた!せっかく……せっかく、本人相手にはできないことをアレコレして楽しもうと思ったのに。最悪」


ふーッと入れたひと息に、男のとぼけた声が重なった。


「あれ、気付いていたんですかもしかして。それは良かった」


リクウの姿がゆらぎ、一瞬で変化する。


服の上から見ても分かる鍛えられた体躯、太陽のように輝く金の髪と瞳、小麦色のいかにも健康そうな肌からこぼれる白い歯。


人畜無害の精霊魔術師(まじないし)とは似ても似つかぬ、超絶さわやかなのにどこか有害そうな雰囲気の男であった。


「やっほーエイレン!いやぁ気付いてくれなかったら色んな意味で失望するところだったが、さっすがは俺のステディーだぜ!」


さわやかに笑って抱きしめようとしてくるのをさっとかわすエイレン。


「あれ?」


「下らない御託(ごたく)はけっこうよ。それより師匠をどこに隠したのかしら神様」


「えー!俺との再会よりそっち?!しかも何か怒ってる?不義理したお前の方が怒るっておかしくね?」


エイレンが片方の腕を振り上げ、また落とす。と、それに合わせるように男の上に雷が落ちてきた。


「おっと」


余裕で避ける彼にエイレンは氷のような眼差しを向け、覚えたての舌打ちをする。


「腕1本ではやはり不便ね。うっかり攻撃を外してしまったわ」


「気にするなよ。かわしたのは俺の実力だ」


「では、次は外さないように頑張るわね」


もう1度詠唱を始めるエイレン。


「待て待て待て!いくら神でも何度も攻撃されるのはイヤなんだぞ!俺が心折れたら、この国の結界は力を失って住めなくなるって知ってるだろ?」


「国を人質にとる神様って最低ね」


「……最低とか言われた……」


ずぅぅん、と落ち込む彼にエイレンは更に言葉の刃を浴びせかけた。


「さっさと白状しないと、一生嫌いになるわよ」

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