17.お嬢様は手抜きを覚える(3)
精霊魔術師の大ざっぱな性格というのは、師匠から弟子へと受け継がれるらしい。
代々の師が使ってきたはずの書庫は、予想以上にカオスだった。空いているところに片っ端から突っ込みました、といった感じで、書棚の中は見事なまでにジャンルも年代もバラバラである。
それを3分の1ほど整理……資料探しは半ば諦めて……したところで、エイレンとアリーファは遅い昼食を取っていた。
メニューは相変わらずの固い菓子に薄いスープだ。
それを片手で食べつつ、エイレンは珍しくアリーファと話していた。単に片手しか使えず読書が無理だから、であるのは分かっているが、理由のいかんによらずアリーファにとってはチャンスだ。少しは女の子らしくお喋りに興じる、という。
何しろこれまでのエイレンとの会話ときたら、ほぼ用事と仕事と庶民には遠大すぎる政治の話だけだったのだから。
「ね、ね、エイレンってさ、好きな男性とかいたの?」
お喋りそのものにも、ドレスにも美食にも興味がないとすれば、年頃女子の鉄板は恋バナよね、と話を振ると、エイレンは即座に言い切った。
「べつに。そもそも好きになるほど価値のある男に出会ったことないし」
しーん。
「し、師匠は?」
「好きだけど、異性としてはカウントしてないわね……それよりアリーファはどうなの」
聞かれたから聞き返したのが丸わかりな儀礼的な問いだけれど、してくれただけ進歩としよう。
「いたけど……死んじゃった」
あ、これ言っちゃうと重くなるかも。それはイヤ。でも嘘はつきたくないし。
逡巡の末、思い切ってした告白に返された台詞は、この女に気遣い不要、と思い知るのにちょうど良いものだった。
「あら。ではどうしようもないわね。諦めて婿養子とって家業継いだ方が良かったのではないの」
ミもフタもなく言い切られ、アリーファはムッとする。
「好きな人でもないのに結婚なんかしないって」
「あら大丈夫よ。どんなにイケメンで優しくて好きだったとしても、結婚して10年経てば『騙された』と思うようになるというでしょう」
ちなみに貴族は政略婚が主なので、恋愛は遊戯だと割り切って楽しむ輩が多い。彼らは夫婦ともに不倫しまくりながらも平和な家庭を築いている。
刑事司法大臣のような恐妻家の方が稀なのだ。従って「騙された」も何も無いのだが、エイレンがかつてセンから聞いたところによると、庶民はそう思うのだそうだ。
しかしアリーファの答えはエイレンの中の一般常識より斜め15度ほどずれていた。
「まだ『騙された』っていう経験があるなら自己責任だと思えるけど、そんな経験もなく地獄に足を突っ込んだら悲惨なだけじゃない!気が付いてみれば1回も好きにならなかった相手しか残らないとか絶対イヤ」
「庶民は結婚後には恋愛しないの?」
「それは世間様から散々叩かれるパターン」
「庶民もけっこう、窮屈なのね」
本当に実際に暮らしてみて分かることは多いものだ、とエイレンは思った。
君は自由になるんだ、と昔恋人だった男は言っていたが、自由とはそうそう簡単に転がっているものではなさそうだ。
簡単な昼食はすぐに終わった。
「さて、では報告書をまとめてしまいましょうか」
仕事の話になるとエイレンはイキイキとして楽しそうですらある。先ほどのぎこちない恋バナとは雲泥の差だ。
「資料はどうするの」
「探していたら何日もかかってしまうわ。適当にでっち上げてしまいましょう」
よく考えたら、神官長はエビデンスまで精査しないわよ、とエイレン。
ものによってはエビデンスの精査が必要な書類もあるが、腕輪の件は単なる個人的な依頼。なんとかなりさえすれば報告書自体の信憑性がそこまで問題になることもないだろう。
物事は必ずしも完璧でなくても良いのだ。
『ざっくり手抜き』ってこれまでしたことないわね、とエイレンは少しワクワクした。気付いた場合、神官長はどれほど怒るだろう。




