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17.お嬢様は手抜きを覚える(2)

アリーファが子供の頃から付き合いのある資産家の娘たちは、たいていの場合貴族の姫に憧れていた。


出入りの商人からチェックしていたのか、大臣の姫などのファッションは常に噂に上り、同じ物をいち早く手に入れて自慢しようと皆が競っていたような節がある。


しかしアリーファが憧れたのは、神殿の『一の巫女』ただ1人だった。


祭事を先導する際の彼女の衣装は決してみすぼらしくはないが、古式に則りシンプルであった。唯一その身分を示すのは、金にルビーをあしらった首飾りだけだ。


そんな地味なスタイルでも、彼女の輝きと凜とした佇まいは常に周囲を圧倒していた。


私もああいう人になりたい、と考えていたことをアリーファが久々に思い出したのは、朝起きたらエイレンの色が変わっていたせいである。


見慣れた濃茶色ではなく、目を惹かずにはおれない黄金色の髪と蜜色の瞳に。


「外出禁止だからそのままの色で良い、とかどういうことかしらね」


師匠(リクウ)に変装のまじないをかけてもらえなかったことが不満であるらしく、珍しくブツブツ文句を言うエイレンにアリーファは呆れた目を向けた。


「あなたが早速活動しようとするからじゃないの」


実際、今も思いっきりゴソゴソしてるし。


確か師匠(リクウ)から、怪我が治るまで絶対安静ですよー利き腕が動かなくなっても知りませんよー、と散々言われていたはずなのに。


「建設的なことを何もせずにただ過ごす、というのは難しいものなのよ。早めに報告を出して、神官長からお金の方をきっちりいただきたいのもあるし」


アリーファが憧れた少女は、フタを開ければただの性格悪いワーカホリックだった。


はーい大人しくしてます、と師匠を見送った後、早速始めたのが書庫漁りである。


書物を片っ端から取り出して開く、という作業を繰り返しつつ、ことのあらましをかいつまんで伝えられたアリーファはちょっと考えてこう言った。


ちなみにアリーファは、書物を閉じて収納する方を担当している。


「それはつまり、あなたの性格がもともと悪いから今呪詛(のろい)の影響を受けてないってこと?」


「その可能性もあるけれど、そもそも呪詛(のろい)は『外れない』ことに限定されているのではないかと」


腕輪に刻まれていたはずの封印の精霊文字は研磨されて消えていた。その時点で封印の効力は切れたと考えて良い。それでも誰も気付かれなかったのは、呪詛(のろい)自体が大したものではなかったからではないか。


「精神的な作用や神魔法の力の増加が、腕輪自体の効力だとした方が辻褄(つじつま)が合うわ」


(いにしえ)のしつこく他国の襲撃を受けていた時代、この国を守ったのは地形と神魔法士の力であった、と伝えられている。


神魔法の爆発的な攻撃力は何度も敵を殲滅し、他国に恐怖を与えた。神魔法士の戦闘訓練が、大技すぎて実戦向きでないと陰口を叩かれながらも現在まで続いているのは、その攻撃力を誇示するためなのだ。


しかし訓練とは違い実戦で神魔法を使う場合は、ある種の高揚や正常な感覚の麻痺が必要だったのではないだろうか……ちょうど、この腕輪がもたらすような。


武具だと考えれば『いったん身に付けたら外れない』という呪詛(のろい)も納得がいく。戦闘中に落とさないように、と考えられてのことだったのだろう。


そう解説されたがアリーファにはまだ疑問が残っている。


「前に師匠が『凶悪な』とか言ってたじゃない。あれは?」


「誤解だと思うわ……または、先々代や先代は警戒されることなく人の心に作用するものをそう呼んだのかもしれないわね」


気付かぬうちに心に忍び込み、それが当然であるかのように支配するものは、ある意味恐ろしい。


気付いていれば影響を受けにくいのだけれど、と言うエイレンにアリーファはジト目を向けた。本当に影響ないの?


「あなた今朝、師匠のベッドから出てきたじゃないの」


普段エイレンは、暗いうちから起き出して身支度を整え、洗濯や掃除を始める。


それが今朝は、朝食も終わる頃になってから、夜着に素足という隙だらけのかっこうで悠然と這い出したのだった……どさくさに紛れてついに襲っちゃったのかと思ったのだが。


「あなたが期待するようなラブな方面では一切無いわよ」


アリーファの疑惑をばっさり斬り落とすエイレン。


「あれは例えるなら、雪山遭難訓練ね」


「雪山?」


「わたくしは学んだわ。失血の際には毛布だけでは足りないのよ」


これまでは施療院のマニュアルから『失血→毛布でくるんで体温低下を防ぐべし』と信じていたエイレンだが、実際に経験してみるとそんなものでは追いつかないほど寒かったのだ。


「気付かなくて、施療院で担当した人たちには申し訳ないことをしたわ……あれは温石(おんじゃく)も必要だったのよ」


温石(おんじゃく)とは炉の中に入れて温めた石で、布でくるんで使うのが一般的だ。石が熱くなり過ぎたり、布が外れると火傷してしまう。


「つまりは師匠を温石(おんじゃく)代わりにしたんだ」


「火傷の心配も無くて、なかなか具合良かったわ」


フフッと思い出し笑いをするエイレンを見て、アリーファは確信した。


―――この女、大怪我で油断させておいてまた遊んだのね ―――

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