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16.お嬢様は失せ物を回収する(2)

手首を彩る銀の鎖を撫で、ファーレンはうっとりと微笑んだ。


開け放った窓の外は彼女が愛してきた夜空が広がっているが、今のファーレンを捉えているのは数日前に国王から贈られた星々の輝きだ。


国王は自ら彼女の手首に腕輪を付けるとそこに口づけ、それからその鎖がミスリルだと教えた。


古代には武具の素材とされていたがその数は少なく、世が平和になってからは生産自体がなされていない。ミスリルは伝説の金属なのだ。


「ファーレン、そなたほどこの腕輪に相応(ふさわ)しい女はおるまい」


満足げに囁く国王(ディード)の言葉が彼女を満たし、その心は快哉を叫んでいた。


勝った、と。


その時ファーレンの脳裏にあったのは、常に自分の前に立ってきた(エイレン)の姿だ。


苛烈な太陽を具現化したような妹姫の色は、眩いばかりの黄金。


しかし『至高の銀(ミスリル)』はそれを遥かに(しの)ぐ存在である。


―――愛する人に認められたのはわたくしの方よ―――


高揚感に支配され、ファーレンは普段の自分を忘れた。これまでの(エイレン)への想いはかように嫉妬と敵意に満ちたものだったろうか、という疑問は頭を(かす)めもしなかった。


その高揚は、未だ続いている。


―――今のわたくしは、何も怖くない―――



※※※※※



「ファーレン様に」


神官長()が取り次ぎを頼むと、侍女はあからさまにほっとした顔をした。


「自室にいらっしゃいます。どうぞ」


そのまま通すところを見ると、彼女がスパイ(連絡係)というところか。年の頃はまだ二十歳そこそこの娘だ。気の毒に、国王と側室の閨はさぞかし刺激が強かったことだろう。


ファーレンはいつかのように窓辺に腰掛けていたが、眺めているのは星ではない。彼女が飽くことなく見つめているのは、その手首に輝く鎖の方だった。


その(とら)われ方を見れば、明らかに呪詛(のろい)の影響だと思ってしまいそうだが。


(それにしては凶悪な気配が無いのよね)


封印が未だ解けていないのだとすれば、(ファーレン)の急な変化の説明がつかない。


神官長()が重い咳払いをした。


「ファーレン。調子はどうだね」


「お父様。よくいらっしゃいましたわ。わたくしは変わりなくてよ」


すっと立ち上がったその姿は、いつもの儚げな雰囲気はなく自信に満ちあふれている。


「あら、そちらはエイレン?見違えたわ」


前回会った時は、神魔法を散々使った後だったので変装はすっかり元に戻っていた。エイレンがこの姿で姉に会うのは初めてなのだ。


その地味な髪と瞳もなかなか素敵よ、と屈託のない笑顔を向けられて、エイレンは思った。確かにこれわたくしだわ。


(わたくしも相手が姉上なら『地味ね』などと言いそうだもの)


とにかく調べてみなければ、と一方踏み出す。


「姉上こそお元気そうで何より……あら、それは新しい腕輪ね。とてもお似合いだわ」


「ありがとう。国王様からいただいたのよ」


姉の勝ち誇った顔というものを、エイレンは初めて見た。神官長()が心配するのも無理はない。こういう表情をする女は得てしてトラブルを起こしがちなものなのだ。


(例えば正妃になりたいとゴネてみたり……しそうだわね)


エイレンはアリーファのうっとりした顔を思い出す。よし、これで行こう。


「とっても素敵。よく見せていただきたいわ。すぐにお返しするから」


「あら残念ね。これ外れないのよ」


付けたらとれないとは、ベタな呪詛(のろい)だ。しかしファーレンは自信満々に言い切る。


「国王様のわたくしへの愛が、いかに強いかという(あかし)だわ」


そんな束縛愛イヤだ。思わず眉根を少し寄せながらエイレンは、父の慧眼(けいがん)に感心していた。


(確かに頭は姉上のままね)


誰が見ても100%呪詛(のろい)と断定しそうなところで方向性にして斜め45度ほど傾いた発想でくるところが、これ以上話し合っても無意味だと告げている気がする。


「ではつけたままで構いませんわ」


サクッと済ませてしまおうとエイレンは姉の手を取り、仔細に腕輪を眺める振りをした。


「本当に見事だこと。でもあら、お待ちになって……ここに微かに汚れが」


「そのようなもの見えないわよ」


「いいえ。ここ……とれないわね。ではわたくしが最近会得した精霊魔術(まじない)でとって差し上げるわ」


そのまま解呪の詠唱を始めると、ファーレンは急に身を強ばらせ手を引こうとした。その手を神官長()が押さえる。


「せっかくだから、とってもらいなさい」


グッジョブ神官長。何も言わずとも即座に理解できているあたり、さすがである。


「いや、やめて!」


「すぐに済むのだ。大人しくしていなさい」


争う声をどこか遠くに聞きながら、エイレンは詠唱に集中する。解呪をするのはかつて師の元で学んで以来だった。呪詛(のろい)は非効率的だと、今時流行らないのだ。


だから、とっさに避けきれなかった。


「エイレン!」


父の叫ぶような警告は間に合わず、(ファーレン)からあふれ出した神魔法の光は刃となって(エイレン)の腕を切り裂く。


それでもエイレンは冷静だった。なぜならケガは酷いほど、見た目と違って痛みがなくなるものだからだ。


ぱっくりと割れ、だらりと下がった己の腕から血が流れるのを眺めながら、最後の詠唱を終える。


パチッと軽い音を立てて腕輪の留め金が外れた。その鎖は生きているかのように、ファーレンの手首から離れ、エイレンの血まみれの腕に巻き付く。


「姉上。わたくしの勝ちね」


腕輪の新たな主は、簡素な夜着を血で染め、凄絶な笑みを浮かべた。


後々その姿を回想する度、神官長(ガルミエレ)はこう思ってしまったという。


―――まるで乙女の生き血を浴びて若さを保っていたとかいう伝説の魔女そっくりだった―――


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