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15.お嬢様は神官長から依頼を受ける(2)

夜中に戸が叩かれたら。


まず疑うべきは強盗、その次は急患である。精霊魔術師(まじないし)は民間では医師としての役割もしているため、そのような依頼も多いのだ。


しかし訪れた客はそのどちらでもなかった。


頭頂部で独特な形に折り返された帽子、神殿の紋が黒々と刺繍された白いマント。やや時代錯誤な感もある衣装に笑ってはいけない。これが神官の正装なのだから。


神官はエイレンとリクウに膝を折って丁寧な挨拶をした。


「夜分に誠に失礼。私は神官長の遣いの者であります」


「はて神殿のお偉い方が、しがない精霊魔術師(まじないし)風情に何の用でしょうか」


「あ、失礼ですがそちらではなく、用があるのはお弟子さんの方ということで……いえ何か、ほんと失礼ですみません……」


目の前の濃茶色の髪と瞳の娘がかつての『一の巫女』とは気付かないらしい神官の声は、最後の方かなり小さくなっている。


遣いの者が混乱しない言い訳くらい考えてあげなさいよ、とエイレンは内心で神官長(父親)に毒づいた。


「あら……神官長様ったらこんな時間に。ああ見えてお好きなんだから」


艶っぽくフフフッと笑ってみせると、神官はあからさまに納得した顔をした。明日には神殿中に噂が広まっているかもしれない。


これから寝ようという時間に平気で呼び出した父へのささやかな意趣返しである。


「仕方ないわね。では師匠、行って参りますわ」


「はい行ってらっしゃい」


にこにこと手を振るとリクウは書き物に戻った。人をなにげにからかって遊ぶエイレンの癖は困ったものだと思うが、何か言って治るものではないことを彼はよく知っている。


エイレンは手早く夜着の上に外套を羽織って髪をうなじで1つに結い、戸外に出た。


「そのかっこうで良いんですか」


「もちろんよ……パパだもの」


父親のことを異国の言葉で呼ぶと、それは違う意味を帯びるのだ。神官の頭にもう1つ余計な情報を植え付けて、エイレンは馬に膝を揃えて横座りした。


うん、騎乗でこの座り方はなんだか新鮮だわ。騎手付きが前提の『政治系姫座り』だ。


「さ、連れて行って下さる?」


このタイミングで神官長(父親)が言ってくることなど決まっている。面倒だからそっちに丸投げしようとお互い思ったのだろうか。変なところで血筋を感じる。


だとしたら、乗馬姿で駆け付けてやる必要などどこにもない。のんびりお嬢様気分のドライブを経験してみる程度、別に良いではないか。


神官はエイレンに気を使ってか、並足で馬を進めてくれる。それでも3時間もあれば神殿に着くだろう。


どうしてもこのままではいられないと、激情にかられて神殿から逃げ出した夜から1ヶ月半近くが過ぎていた。夜風はようやく鋭い冷たさを失って、春らしくさわやかだ。


そんな気候のせいか馬も気持ち良さそうにのんびりしている。


「この子穏やかね」


「ええ。特別気立てのいい奴を借りてきましたから」


馬はよく食べる。飼うとなるとけっこうな金と場所、世話の手間がかかる贅沢品なのだ。神殿ではとても無理、というワケで、神官や巫女たちは必要な時は隣の王宮騎馬隊の馬を借りている。


「奴って、この子牝馬(ひんば)でしょう」


「失礼しました……お嬢さん、ですよね」


神殿の前で神官はエイレンが馬を降りるのに礼儀正しく手を貸すと、こう言った。


「馬を返してきますので、ここから先はお一人でどうぞ」


「わかったわ。ありがとう」


「その……ご、ごゆっくり」


なんだか見事に誤解したままなようだが、意外と悪くない反応である。あの厳格な神官長もの意外な一面を知って、いつになく親しみを感じた、というところかしら。


「ええ、そうさせていただくわ」


エイレンはにっこり笑って神官に手を振ったのだった。

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