14.お嬢様は失せ物を発見する(3)
水と少量の塩で小麦粉をよくよく練る。粉が手につかないようになったら、まな板の上で叩きつけながら更に練る。
びったんびったんびったん。こねこね。びったんびったん……
アリーファはストレス解消を兼ねて料理をしていた。最大のストレス源とは離れられたものの、世の中全て思い通りとはいかないものだ。きっとそんな風にできるのは、エイレンくらいのものだろう。
ふう。
ひと息入れて小麦の伸び具合を確かめた。いい感じ。後は丸めて濡れ布巾を被せ、夕食まで寝かせるだけだ。
食事前にこの固まりをナイフで薄く削ってスープで煮込めば、アリーファ渾身の力作『冬に食べたいぬくぬく温麺』の完成である。
(今は春って?そんなの関係ないっ)
これで両手を使わずば食べられまい。食事中に読書などさせてなるものか。
後片付けをしていると、エイレンが帰ってきた。
「ただいま……あら料理していたの」
「そうよ。今日の夕食は楽しみにしててよねっ」
「ええ分かったわ。ご苦労さま」
そのままスーッとアリーファの横を通り過ぎると、部屋の隅に積んである薪を抱えて風呂の方に行き、火を焚き始めた。
(あれ?なんかおかしくない?)
10日ほどの共同生活でアリーファのエイレンに対する評価は確定している。この『真の性悪』ならこう言うはずではないだろうか。
「あらあなたが料理なさったの。それ食べられるのかしら。わたくし今日は遠慮させていただくわ……あまり食欲が湧かなくて。ごめんなさいね?」
とか何とか。なのになんなの、そのあからさまに無関心な反応は。
「ねえ、何かあった?」
風呂場をのぞき、ぱちぱちと小さく爆ぜながら燃える薪をじーっと眺めているエイレンに声を掛けると、彼女はゆっくりと振り返った。
「あら。どうしてそう思うのかしら?」
あったんだな。
「なんとなく」
「あなたのその勘の良さはほめて差し上げるわ」
これといって感情の浮かばない顔がちょっと恐い。
そろそろ温もってきたから一緒に入ってしまいましょう、とエイレンは立ち上がり豪快に服を脱ぎ始めた。
※※※※※
風呂の後もエイレンの様子はおかしかった。普通に風呂場で着替えを済ませて出てくるとか、どこまでも自己流を貫き通す彼女の場合はあり得ない。
「あれ一体、どうしたんですか」
リクウがアリーファにヒソヒソと聞く。
「なに師匠。裸で出てくるの楽しみにしてたの?」
「それは置いといて、明らかに様子が変でしょう。お腹でも壊したのかな」
「さあ。師匠が聞いてみたら?」
夕食は予定通りの『両手を使って食べる温麺』になった。もちもちと歯ごたえのある麺に鍋のスープが染み込んで美味しい。
が、アリーファは後悔していた。
(読書された方がマシだったっ)
よりによって何でこのタイミングでこのメニューにしてしまったのだろう。
「あら美味しいわね」
「あっありがと……」
エイレンがこんなに大人しく、普通にほめてくれるとか。そしてその後に沈黙が支配する食卓。
リクウが気を遣って口を開く。
「本当に美味しいですね。良いお嫁さんになれそうだ」
「私お嫁さんになる気とか全然ないから!」
「……すみません」
しーん。
「ごちそうさま」
エイレンがスープを飲みきり、口を開いた。
「有難う。美味しかったわ」
言って器を片付け出す。お礼を言われてほめられたのにちっとも嬉しくない。
ついにしょんぼりしてしまったアリーファを見て、初めてエイレンの表情が動いた。といっても眉間がほんの少し狭くなっただけだが。
「ごめんなさい、本当に美味しかったのよ。それに、わたくしがあなたの期待通りにケチをつけられないのは、あなたのせいではないわ」
「別にケチつけてほしいわけじゃないから」
本当はそっちの方がホッとする。けど、間違ってもそんなこと言うわけにはいかないのだ。
「あらそう?……そういえば師匠」
やっとエイレンの物言いが少し軽くなった。
「何でしょうか」
「例のもの、見つかったわよ」
「そうでしたか」
『例のもの』が何か、師匠は分かっているようだ。それがエイレンの様子がおかしかった原因だったのだろうか。
「でも回収は難しいわね」
「そうですか。困りましたね」
「なんとかするわ。大丈夫よ」
2人の会話はそれで終わった。




