14.お嬢様は失せ物を発見する(2)
「やぁようこそ、まさか国王様ファーレン様にこのような場所までお越しいただけるとは」
刑事司法大臣はヘコヘコと頭を下げた。確かに刑場には貴賓席がある。しかし、貧民に手を上げた一市民の処罰などの見物に、まさか国王が来るとは。
アンタそんなにヒマなのかね、とうっかり言ってしまいそうだ。神殿の姫が興味を持たなければ自分ですら出てくることは無かったというのに。
「いや我が姫君があまりに気にするものでね……」
「あっ国王様……」
ファーレンの肩を抱いた、と思った次の瞬間には、意味があるのかと問いたくなる衆人環視の中でのディープキスである。
うぉっほん。
思わず咳払いしてしまい、失礼しました、とモゴモゴ言う刑事司法大臣に年若い国王は屈託のない笑顔を向けた。
「そなたも愛妾くらい持てばどうだ」
「いえいえ、私めはこう見えて恐妻家でございまして……ついでに娘も恐いですし」
いやっだぁお父様ったら不潔、と眉を潜められて口をきいてもらえなくなった日には仕事に対するやり甲斐ですら失ってしまいそうだ。
「そういうものか」
「そういうものです……あ、罪人が来ましたよ」
「今回は市中引き回し、鞭打ち10回から銀2枚につき1回差し引くということで落ち着いたのでしたわね」
そう確認するファーレンの口許には笑みが浮かんでいる。その微笑の意味を測りかねて大臣は沈黙した。
そもそも『一の巫女』の姉とは、刑場に喜んで来たがるような女だったろうか?
「大臣さま?」
「あ、はい。あの者は銀10枚を払うといいましたので、鞭打ちは残り5回分です」
「貧民を殺して、市中引き回しと罰金と鞭打ちか……貧民なぞ殺さなくてもその辺で死んでいるのにな」
え、国王がそれ言っちゃダメでしょ。刑は一応アンタの名の元に行われるんですぜ。
「痛ましいことですわね」
ファーレンが口許の笑みを残したままふんわりとまとめる。
やはり微妙な違和感。『痛ましい』なんていう台詞をにこにこしながら吐けるような娘ではなかったはずだ。
鞭打ちが始まった。希少なスティングレーの皮革をなぜ鞭などに使うかというと、それが耐久性に優れ最も固いからだ。執行人が力いっぱい振るえば、1度で人の肌は裂けてしまう。
通常の鞭打ち刑には同じ位置に鞭を当ててはいけない決まりがあった。2度、3度と重ねて打てば肉が割れ骨まで見えてしまうこともあるからだ。
致命傷を作らずきっちり刑罰を与えるのは、執行人の腕の見せ所とも言える。
しかし心優しい女性にとっては見るに耐え難いものだろうと、ファーレンの方を盗み見て、大臣は小さく息を飲んだ。
うっとりとした眼差しで鞭打ちを楽しんでいるこの女性は、真に本人なのだろうか?
刑が終わった後、傷跡に薬を塗られている罪人を眺めながら彼女が呟く。
「もの足りないわね」
「は、はぁ……なにしろ貧民の地位向上は神殿の悲願ですからなぁ。しかしあまりやり過ぎると市民の反発というものが」
「そうね。念の為にしばらくは、貧民街にも守備兵の見回りをお願いしたいわ」
違和感は増していくばかりだ。隙あらば人の足を引っ張ろうと待ち構えている連中ばかりの王宮で、ファーレンは唯一の癒しだったというのに。
それが、こんな抜け目の無いことを言うようになるとは。王宮暮らしのマジックか、はたまた刑の執行見物で高揚しているのか。
どちらにしろ居心地が悪いことこの上なかった。
なんとか普段通りの流れに持っていこうと、大臣は話題をそらす糸口を必死に探し、そして見つける。
「そちらの腕輪、なかなか見事ですな」
「あら分かる?」
「先日私が贈ったのだ」
さりげなくファーレンの腰に手を回して国王が言う。
「似合うだろう?まるで我が姫君のために作られたかのようだ」
確かに。銀の星のごとく輝く鎖に夜空を映した深い青のサファイアは、彼女の髪と瞳にぴったりだ。
「愛されておられますなぁ」
感嘆した大臣の言葉に、ファーレンはぽっと頬を染めてうつむいたのだった。




