14.お嬢様は失せ物を発見する(1)
いかに己が何を考えどう感じようと、師匠の言うことは絶対だ……と、エイレンに叩き込んだのは5歳からついていた神魔法の師だった。
1つ口答えをすれば冬でも戸外に裸足で立たされる。
何歳の頃だったか、わたくしの口答えで師匠が受けた心的ダメージとこの罰は釣り合わないからもう少し罵って差し上げるわ、と思うさま言ってみたら、そのまま一晩中外に立っとれ、と放り出された。
寒いので、神魔法を使って立ち木に雷を落とし火柱で焼き暖をとっていると、師は笑ってやっと家の中に入れてくたものだ。意地っ張りな幼い娘にこう教えながら。
「神魔法士は将来、神殿で共同生活を送らねばならないのだよ。お前の自我の強さは優れた素質だが、人から学ぶことも覚えなさい」
―――あら同じようなことを今の師匠からも言われたことがあったわね、とエイレンは思い出した。
結局のところ己は師匠の教え通りにはなかなかできない者なのかもしれないが「いいかげん勘弁してほしい」と言いたくなることがあるのも事実だ。
たとえば、売ってしまった呪詛付きアイテムの行方とか。
例の腕輪を銀50枚と引き換えに手放してから既に7日。エイレンの感覚では呪詛付きとはいえ封印済みのアイテムがどこをフラフラしていようと構わないのだが、未だ師匠は気にしているようだ。
エイレンも仕方なく探してはいるが、買い手のガラクタ商が見つからないのではどうしようもない。
今日は暗いうちから起き出して4~5時間歩き、わざわざ市街中心部まで出掛けている。
もしや腕輪をより高値で売るために王宮にも出入りできる高級商人の元を訪れたりしているのではなかろうかと、目抜き通りで情報収集してみたのだが今のところ収穫はゼロだ。
(あまり期待してはいなかったけれど、無駄なことってイヤなものね)
神殿の鐘が正午を告げた。
もうそろそろ帰ろうと踵を返し、ふと道の向こうから異様な集団がやってくるのに気付く。
先導は騎馬。その後を数名の守備兵に固められ、両手を縛られてよろめきながら歩く男の服はボロボロで、裸足の足は土ぼこりと血で汚れている。
(あの男)
エイレンはその男に見覚えがあった。
「罪状は、一、貧民の娼婦の支払いを拒みひどく殴ったこと、一、その際に負わせたケガにより娼婦を死に至らしめたこと……」
行列の後ろから着いていく役人が罪状を読み上げる。
この国で市中引き回しは特に重い刑とは言えないが、恥ずかしさでは1番だ。きっとこの男の胸には、なぜたかだか川原の女を殴った程度でこんな目に、という思いが渦巻いていることだろう。
(いえ、もしかしたら、もうそんな気力も残っていないかもしれないわね)
刑の執行まで拘留されていたと考えれば牢暮らしは既に1ヶ月近くになるはずだ。普通の市民だった彼には辛い日々だったに違いない。
「かわいそうにねぇ」
「きっと悪いのはその女だよ。貧民の娼婦なんてロクなもんじゃないさ」
見物人のヒソヒソ声も皆、罪人の方に同情的だ。
それでも彼らは脳裏に刻むことだろう。貧民でさえ害してはならないのだ、と。
そのための犠牲としてわざわざ罪に陥れたのだ。今さら同情などしない。
でも、とエイレンはちらりと思う。
(この場に師匠がいなくて良かったわね)
この男を捕らえるのにかなりな協力をしてくれたリクウだが、きっとこの惨めな有様を見れば、その異様に親切な胸は痛むかもしれない。
エイレンは見物人に混じって刑場まで行き、そこに意外な2人の姿を見つけた。
それは彼女の姉にして国王の側室であるファーレン、そして国王その人であった。
(まさかこんな物を観に来るなんて)
それはまずいのではないだろうか。ちらりと不安が胸をよぎった。
必要以上に市民の反感を買えば、とばっちりは貧民街に行くかもしれない。
(そこまで分かっているのかしら。どういうつもりなの)
貴賓席に座った国王と側室は市民の歓声に応えて腕を上げる。
その時、ファーレンの腕にキラリと光るものが見えた気がした。




