2.お嬢様は新しい職業につく(1)
郊外の川沿いに開かれたマーケットには、朝早くから大勢の人の声が飛び交い肉を焼く匂いやパンの香ばしい匂いが漂っている。
色とりどりの果物や野菜を所狭しと積み上げている露店もあれば、地面に直接広げた敷物の上で織物や異国からきたらしい陶器を扱う商人もいる。
(思った以上に楽しいわ)
エイレンは薄い肉片を挟んだパンをかじりながらマーケットをひやかしつつ歩いていた。
神殿と国王の側室という責務から逃げ出して3日目。これからの金策のヒントにでもなれば、と取りあえず寄った場所だったが、ともすれば当初の目的を忘れてしまいそうだ。
(お金ってどうすれば手に入るのかしら)
まず考えていたのはどこかで店の売り子として雇われること。しかしその計画はすぐに崩れた。
売り子を雇えるような大店は目抜き通りにしかなく、ここのような場末のマーケットは全て露天商なのだ。人を雇う余裕はないよ、と断られること既に5件。
アンタみたいなお嬢ちゃんに何ができるんだい、と言われたこともある。
(わたくしのスキルって、庶民の暮らしには役立たないものが多かったのね)
神殿系貴族の娘といえどエイレンは甘やかされた姫ではなく、12歳から巫女として働き研鑽を積んできた。神殿の者は有事の際には動員のかかる半軍人でもあり、年2回の軍事サバイバル訓練にも手を抜かず参加し続けた。
鳥カゴの中でしか生きられない小鳥のような姫君とは違う、と自負してきたのだ。しかし『庶民の間でお金を稼ぐ』能力においては彼女らと大差無いのかもしれない。
ふと、目の端に不思議な動きを捉えた気がした。マーケットも端の方になると店が途切れがちで、その間から何かが見えたのだ。
(あれは何かしら?)
目を凝らして川原を見る。
そこにいたのは、何人もの女達だった。お喋りに興じている者もいれば手琴を掻き鳴らしている者、ぼんやり川を眺めている者などさまざまだ。
「あまり見るもんじゃないよ」
商家のおかみさん風の買い物客がエイレンをたしなめた。
「あの人達は何をしているの?」
「あれは身を売る女達さ」
よっぽど食い詰めなきゃあんな所には行かないよ、と蔑んだ口調で説明され、なるほどと思う。なかなか手っ取り早く稼げそうだ。
どうやら庶民の間では賎業であるようだが、貴族の娘だってすることは川原の女達と同じではないか。
(家のために良い嫁ぎ先へ身売りをする)
巫女という職業上、相手に対する不満を聞かされることも多かったが、彼女らは不満は漏らしてもそれを疑いはしない。
(わたくしだってそうだった)
皮肉に口元をゆがめた時、捨て去ったと思った記憶がささやきかけた。
―あなたは国王の側室なんかになるべきじゃない―
自由に生きるんだ、と彼の声が言った。
「いまさらでしょ」
低く呟き、頭を振ってエイレンは歩き出す。
川原へと下りる道へ向かって。