13.お嬢様は少しばかりの失敗をする(3)
露店でがらくた屋を始めて12年。俺にもやっとツキが巡ってきたぜ、とキャトスはにんまりしていた。
ツキは2人の女の姿をして訪れた。
年の頃は16~18歳といったところか、鳶色の髪の方はいかにも少女といった雰囲気だが、濃茶色の髪の方は、何十年経ても若々しく美しかったという伝説の魔女のように年齢の読めない瞳をしている。
2人はまず、5~6個の装飾品を取り出していくらで買ってもらえるかと聞いてきた。
木のビーズを連ねたチョーカーに精緻な彫り物のブローチ。古ぼけた銀のネックレス。瑪瑙の指輪はなかなかのものだが、残念ながら台座は木に金メッキを施しただけのものだ。
ちらりと見てぶっきらぼうに答える。
「まとめて銀5枚かな。それも破格の大サービスだぜ」
「結構よ」
魔女の方が応じた。
「では、そのお金から……こちらを鑑定して下さらない。我が家に代々伝わる家宝なのだけれど、いかほどの値打ちなのか知る者がもういなくて」
なるほど、最初のガラクタの方は鑑定士としての目を試すために出したのか。
差し出された腕輪を見てキャトスは思わず感嘆の声を上げた。先祖代々の家宝とは大げさだと思っていたが、あながち嘘ではないかもしれない。
幾重にも連ねた繊細な鎖に、ところどころ深い青の煌めきも豊かなサファイアの粒があしらわれている。
使われている金属の量は少なく、宝石も小さい。貴金属としての価値というより職人の技術が勝っていると見るのが当然で、価格にすればさほど高値ではないと一見、思われる。
しかし、その美しさは見る者に欲しいと思わせるだけの魔性を秘めていた。
そして問題は、この鎖に使われている金属である。娘もその価値を強調したいらしく、こう言った。
「この鎖は銀ではなく、プラチナと聞いているのだけれどどうかしら」
「その通りだな。金の3倍は高価なものだ……で、いくらで売る?」
「家宝だと言ったでしょう。売るつもりなど」
なるほどそうきたか。渋って売値を吊り上げる作戦だ。
「カネに困ってるんだろう?銀30枚でどうだ?」
「失礼。帰るわ」
「待て。銀40枚だ」
「家宝をたかだか銀40枚で売れなど、我が家もナメられたものね」
どこの家のお姫様だか知らないが、たかだか没落貴族のくせにプライドだけは高いようだ。
しかしキャストはその腕輪をどうしても手に入れたくなっていた。そこで彼なりの勝負に出る。
「銀50枚だ。これ以上は銅貨1枚だって出せないぜ」
なぜなら手持ちがそれでギリギリだから。娘は見透かすようにキャトスの目を覗き込み、しばらく考えた末に頷いた。
「良いでしょう……本来ならそのような安値では売れないものなのだけれど」
それまで黙っていたもう1人の娘が口を開く。
「だったら何でそんな値段で売るのっもったいないじゃない!」
「あなたは黙ってて」
濃茶色の髪の娘が銀貨50枚を受け取りながら相手の娘に言った。最初は魔女かと思ったが、今では可愛らしく見えるから不思議だ。
2人の娘が去った後、キャトスはにんまりしてもう1度手に入れた腕輪を眺める。
本人の勘違いに乗じてプラチナだと言ったが、間違いなくこの鎖は暗闇でも自ら光を放つ……伝説の金属、ミスリルだ。本来ならプラチナの何十倍出せば手に入るかすら分からない。キャトスでさえ目にするのは初めてだった。
俺は今日は最高にツイている、とキャトスはもう1度思った。
彼はかねてより自分の店を持ちたいと思っていた。しかしそれには、地区長官に申請して許可を得、市街地の土地を割り振ってもらわねばならない。
許可を得るには贈り物が必要で、もし良い場所を得たいと思うならその贈り物は『なかなかけっこうなもの』にするのが常識であった。
もし、この腕輪が気に入ってもらえれば目抜き通り沿いの一等地にだって店を持てるかもしれない。
まず今夜はこの腕輪を、ピカピカになるまで磨き上げることにしよう。




