13.お嬢様は少しばかりの失敗をする(1)
その日の夕食は、いつものメニュー(クェルガという固い菓子、野菜と干し肉の欠片を放り込んだスープ)に珍しく1品ついていた。
白いぷるぷるとしたいびつな円の中に、ぽってりと黄色に輝く正円。
「卵っ卵っ!ああもう2度とあなたには会えないかと思ってた!」
アリーファが大げさにはしゃいだ。
精霊魔術師の家のメニューは、一般家庭ではいざという時の保存食として大事にしまわれている菓子が毎回食卓に出る時点で、貧しいとは言えない。
でも毎回同じで主菜スープ、副菜なしってどうなの、というのがアリーファの正直な感想だったのだ。
「わざわざ買ってこられたの?」
「通りすがりに偶然、売っていただけですよ。たまには良いかと思って」
エイレンの質問にリクウはとぼけてみせたが、その実、食事の度アリーファの不満顔が気になっていたのだ。考えてみれば育ち盛りの娘にはいつものメニューでは少なかったかもしれない。
「あげるわ」
エイレンがつっと卵の皿をアリーファに押し付けた。
「えっいいの?」
「ええ。早く読んでしまいたい書物があって……片手で食べにくい物は遠慮しておくわ」
そういえば、食事の度にリクウもエイレンも書物を片手に読んでいる。習慣なのかとアリーファは思っていたが、ここまで明確に『食事 << 読書』だったとは。
「食事って皆で楽しく喋ったりするものじゃない?」
リクウとエイレンが顔を見合わせて本と菓子を置く。
「ああ。もちろん、そうしたければそうしても」
「ええ、話すべきことがあれば話せば良いと思うわ……どうぞ」
注目を浴びてアリーファは困った。改めてどうぞ、と急に振られてもとっさには思い付かない。
「じゃ、じゃあとりあえず、師匠に報告です。今日、物置、じゃなくて客間から見つかったジュエリー類を郊外のマーケットで売って、新しい寝具を買いました、以上」
しーんとした沈黙が3人の上に横たわる。それ既に報告済みでは、とかエイレンもリクウも思っているんだろうな。
リクウが沈黙を破ろうと咳払いをした。
「その中に、サファイアとプラチナの腕輪はありませんでしたよね。どちらかといえばシンプルな」
「あったわよ。シンプルだけど素材が良いからそこそこの値で売れたわ」
先程の報告時に師匠に渡したお釣りのほとんどはその腕輪の収益だ。
「いまさらどうしたの?」
「いえ、ふと思い出したのですが、確か先々代が封印した強力な呪詛付きアイテムがそんなだったかな、と」
場の空気が凍った。
僕も師から聞いたことがあるだけで実物は確認したことありませんけどねぇ、とリクウはのんびり言ったが、娘たちは固い顔をしている。
「それ実物だったら大変じゃない」
「よく考えてごらんなさい……そのような大変なものを、壊れかけのチェストの中にほかのものと一緒に放り込んだりするからしら」
エイレンの言葉は指摘というより、己に言い聞かせるかのような響きを帯びていたが、アリーファはホッとしたようだった。
「あっそうか、そうだよね!」
「そうですよ。危ないものはきちんと箱にしまってカギをかけておくよが基本、ですから」
「良かったぁ!一瞬、本気で恐かったよー!」
アリーファが胸をなで下ろすのをエイレンは無表情に眺め、空いた食器を片付け始めた。




