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12.お嬢様新しい気持ちを覚える(2)

師匠(リクウ)は親切を出し惜しみしない男だが、意外と面倒くさがりな面がある。


手を抜ける点は全て手を抜くのだ。


例えば食事は3食ともに同じ保存食(『クェルガ』と呼ばれるクルミとドライフルーツをハチミツで練って固めた菓子)だし、洗濯と掃除はほとんどしない。


汚れは精霊魔術(まじない)で分解した方が早く、掃除は「家中の戸を全て開けておけばある程度の埃は出ていきますから」というのが、彼の主張なのだ。


そして精霊魔術の手解きに関しては、これまた虫干しをほとんどしていなさそうな書庫にエイレンを案内したきりだった。


その師匠が弟子をとって以来初めて、講義をしている。


「はい、深呼吸して心を無にしましょう。そして、エネルギーの流れを感じてください」


―――だって立派な家のお嬢さんが弟子に入ったのに何もしなかったら、クレームつけられた時に対応できないじゃないですか――― ヘラッと笑ってリクウはそう言った。


(確かにわたくしの親はクレームなんかつけないわね……でなくて、何も考えてはダメ)


今は炉端に置いた小石を動かす、という特に呪文の必要ない基礎中の基礎を試みているところだ。


エイレンは首を1つふり、ひたすら念じてみる。動け、動け―――


胸の奥でゆらりと小さな炎が上がった……いえ神魔法は今、不要なのだけれども。


神魔法士の才能は100%血筋で決まると言われているその例に漏れず、エイレンもごく幼い時から神魔法を使うことができた。それも呼吸のように自然に。


しかしその才能は、精霊魔術の習得にはマイナスにしか働かないようだ。


ぴくりとも動かないエイレンの石の隣で、アリーファの石がかすかに揺れた。


「あっすごい!動いた!」


先日、師匠に弟子入りしたばかりの少女は手を叩いて喜んでいる。


「ほんとね、すごいわ……どうやったの?」


「えーとね『心を無に』っていうのが難しかったからイメージしてみたの」


アリーファはこう説明した。


―――夏に海辺の別荘に遊びに行って、海でたくさん泳いで疲れちゃって、お日様で温かくなった岩の上に寝転んで、ぼーっと波の音の中にいる感じ。まるで自分も海の波になったみたいな気分―――


「それはなかなか良いイメージですねぇ。君は精霊魔術(まじない)の勘を掴むのがうまいのかもしれませんね」


師匠が感心するのを無表情に眺めつつ、エイレンは内心そっとため息をついた。


1つ1つは意味は分かる単語でも、つなげると全く理解不能になることがある。エイレンにとって、今のアリーファの説明はそれに近かった。


(わたくしだったら、こうなるわね)


―――夏の軍事サバイバル訓練に出掛けて、海で向こうの島まで泳いで疲れているけどまだ島を全速力で3周っていうミッションが残っているので、歯を食いしばって走る感じ。


ぼーっとして気絶寸前だけれど、ここで倒れたら一生の恥と拳を血が出るほど握りしめて走って、最後には周囲のものが全て消えて己しかいなくなるような気分―――


師匠には最初から精霊魔術に向いていないと言われていた。断食も無言の行も効果なかった……改めて、無理な気がしてきた。


ふわふわ『遊び』ながら生きてきて、そのおかげですんなり精霊魔術の勘とやらを掴める人が羨ましい。


そこまで考えて、エイレンは己の心が生み出したらしい新たな気持ちに気付いた。


(あら……これはつまり『敗北感』や『嫉妬』というものかしら。このわたくしが)


昔、そうした感情を持った人々が顔を歪めて(ファーレン)や己の陰口を叩いていたのを知っている。


悔しいなら真っ向勝負をすれば良いのに見下げ果てた人たち、と軽蔑しきっていたものだが、今ならそうした人の気持ちも少しは分かるかもしれない。


そのことにエイレンは感動を覚えた。


(なんだかこの心の動き、すごく新鮮だわ)


高い塔の上からは色々なことがよく見えるが、そこから降りてみないと見えない景色もあるのだ。


もっと新しい景色を見たい、とエイレンは思った。きっとその願いは叶うだろう。


だって塔から降りた今、時間はじゅうぶんにあるのだから。


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