11.お嬢様たちはそれぞれに闘っている(3)
疲れたわぁ、とファーレンはバルコニーの手すりにもたれて、そう思った。
刑事司法大臣は神殿系貴族にとっては数少ない『良いオジチャン』的な政治系貴族なのだが、それでも気を遣いつつ苦手な政治の話をするのは疲れる。
そういえば妹もパーティーなどの後には普段よりも無表情かつ無口になっていた。
それだけ嫌いならなぜ欠かさず出るのか、と思っていたものだ。しかもドレスアップして髪を結い上げ、見え透いたお世辞にとてもそうとは見えない愛想笑いを返しながら。
(つまりあれは、そういうことだったのね)
利用価値で相手を判断し、容姿も笑顔も武器にしてあらゆる手段で取り込む。好き嫌いに関わらず、やらなければ生きていけないのだ、この狭い世界では。
(今宵は星が見えるかしら)
ぼんやりと考えていると、背後から咳払いが聞こえた。でもすぐに振り向いてはいけない。
やがてカッカッカッと規則正しい靴音がしてすぐ後ろで止まった。肩に手が触れるかどうかのタイミング。今だ。
「国王様」
極上の笑顔で抱きつき、精悍な顔にキスの雨を降らせる―――姉上様なら軽く、でも遠慮せず、というのが良いのではないかしら、と妹は言った――――。
国王はファーレンを抱きしめ、キスを返す。力強くてうっとりする。
(けど長すぎる、なんて思ってはいけないわ。そうわたくしはこの方を愛している愛している愛している……)
愛しているを心の中で10回唱えた時、やっと彼はファーレンを解放した。
「我が姫君はお疲れのようだな」
「まさか。そのようなことはございませんわ。国王様こそ、このような時間にどうされましたの?」
「ほらやはり疲れている」
国王はにこりとした。漆黒の髪に黒曜石の瞳、鋭利な刃物を思わせるするどい顔立ちが、笑うと子供のようになる。
彼は内緒話をするように、ファーレンの耳元に唇を近付けた。くすぐったい。
「2人の時にはディードと呼ぶように、と言ったのを忘れているだろう?」
ファーレンはくすくす笑い、小指で彼の頬をつつく。
「いやだ、もちろん覚えておりますわ。わたくしのいたずらっ子さん」
「そうか、なら良い」
この国では滅多に手に入らない、貴重な柑橘系の香りがふわりと漂った。今度は背後からの抱擁だ。
「それで、どのようなご用件ですの?」
「お前は早く用事を言わせて私を追い払いたいのだな」
「まさか……でも国王様はわたくし1人のものではありませんもの」
腕をすり抜けて背を向け、少しうなだれてみせる。愛があれば女は女優にだってなれるのだ。
「そうだな、悪かった」
再び背後から抱きしめられた。
「良いのです。お忙しい中来て下さった、この一瞬だけでわたくしは幸せですわ」
「ではもっと幸せにしてやる。今宵はずっと、私はお前のものだ」
「国王様、愛していますわ」
―――正妃がまだ居ない今、堂々とそう言えるのは姉上だけよ。使わないでどうするの―――
妹に言われた時には無理だと思ったが、感覚はやがて麻痺するものだ。
「ディードだよ、ファーレン」
「失礼しました……それで、ご用件は?」
「それだけだ。どうしても、直接お前に伝えたくなった」
「嬉しいわ……あの、ディード様」
「今日の風呂はバラの香りにしてくれ」
言われてファーレンは今度こそ本当に真っ赤になった。
妹が書き残していった『姉上でもできそうな手練手管集』の中でも年若い国王は、一緒に入る香湯風呂がお気に入りなのだ。
国王が去った後、ファーレンはベッドに突っ伏し、文字通り身悶えした。
(恥ずかしいっ恥ずかしすぎるわっ)
愛があれば女は役者にだってなれる。でもその後のやり場のないこの気持ちには、一体いつ慣れるのだろう。




