11.お嬢様たちはそれぞれに闘っている(2)
「私自慢じゃないけど、スプーンより重い物ってホント持ったことないの」
アリーファは息を切らして座り込んだ。物置(師匠によると旧客間)の整理は想像以上に難航している。
エイレンは埃のかかった絵皿を両手いっぱいに積んで運び出しながら、平然と応じた。
「あらおめでとう。これからはたくさんスプーンより重たいものが持てるわね。ひと息入れていても良いわよ」
優しいながらも言外に、また頑張ってね、と言うエイレンが少し恨めしい……いや、自分のワガママに文句も言わず手伝ってくれていることは分かるんだけど。
「あなた本当にあの『一の巫女』様よね。貴族令嬢よね?」
アリーファが知っていた高貴な神殿の女性は、大きな祭りのパレードで輿に乗り観衆に手を振るだけだった。
雲の上の存在だと思っていた少女が、まさか降りかかる埃を物ともせずにテキパキ重労働をこなしているだなんて。
大して金目の物はないわね、と荷を選別しつつエイレンが答える。
「ええ。でも大臣の姫などと一緒にしないでちょうだいね。彼女らはわたくしには不可解な存在なのよ」
「どうして?」
「オシャレとお喋りと美食とたまの芝居鑑賞だけで一生を過ごすなんて恐怖よ」
「えっ全部、楽しいじゃない!」
「娼婦の方がまだやり甲斐があると思うけれど……あれは単純な肉体労働に見えて実はそれ相応の技術が必要なのよね。コミュニケーション能力や交渉力も必要だし。けっこう頭を使ったものよ」
今度は、これ何に使うのかしら、と先端に宝石のついた杖を振りかざしている。宝石だけ取ったら売れそうね。
「……なによその経験者のような口ぶりは。あなたまさか」
だとしたら師匠がかわいそうすぎる。好きな女の子が不特定多数の男とイロイロしてるとか……やっぱどう考えてもイヤでしょ。
アリーファの反応に、エイレンは少し眉をひそめる。娼婦は古では巫女の副業だったはずだが(それも小遣い稼ぎではなく神事の一環として)、現在ではなぜここまで庶民から賎業扱いされるのだろうか。
「巷で娼婦の評価がここまで低いのは、やはり本番をしてしまう人が多いからよね。もし法律的に禁止したら評価が変わると思う?」
「そういう問題?!」
「でしょ」
やっと荷の大半を運び出すと、その最下層から年代物の家具が現れた。文机と椅子、チェスト、ベッド。
「うわーこのベッド大きい!」
「2、3人は寝られそうね……でもいきなりダイブするのはよした方が」
ごほごほごほっ。舞い上がったカビと埃にアリーファがむせる。
エイレンは開け放った扉から空を見た。日が最後の光を残して、暮れようとしている。
「せっかく頑張ったけれど、今日はもうここまでね」
「えーっ、じゃあ私どこで寝るのよ?!」
「イヤなら帰ってお家で寝る?」
「それは絶対にイヤ」
エイレンはにっこりと慈愛に満ちた笑顔を作る。
「大丈夫よ。寝てしまえば寝袋も羽毛も同じだから」
そうよね、これから新しい生活を始めるのに、小さなことでガタガタ言うなんて。
完璧な『一の巫女』スマイルにうっとりとしたアリーファは思った。
(一瞬でもこの人のことをヒドい女だと思っちゃったとか……私ったらおバカさんっ)てへぺろ。
彼女はまだ、気付いていない。エイレンが何気に『寝袋』を押し付けたことに。




