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11.お嬢様たちはそれぞれに闘っている(1)

神殿は聖王国の各所で施療院と孤児院を経営しており、その大部分は寄付で賄っている。また貧民街の清掃(10日に1度死体を集めて燃やす)に代表される各種の世話も神殿の仕事だった。


そのため寄付する側の政治系貴族からは「宗教乞食」と陰口を叩かれることも多い神殿であるが、実は彼らが羨ましがるものを3つ持っている。


1つは醸造所付きの広大な葡萄畑、1つは養蜂場、そして3つ目は全国各地の薬草園である。そこから上がる葡萄酒やハチミツ、医薬、香水などは特級品になると金を積めば手に入るというものではないのだ。


ではどうすれば手に入るか、というとそれは日頃の寄付(信心)権力(コネ)の成せるワザである。


というワケでファーレンは、刑事司法大臣の前に神殿印の特級香水をしとやかに置き、微笑んでいた。


「確か御息女のお誕生日が近かったわね。わたくしからもプレゼントさせて下さいな……王宮に献上しているのと同じ香水ですわ」


(エイレン)が『一の巫女』であった時から餌付けしていたというこの大臣は、与しやすい相手だ。今も脂ぎった顔をほころばせて美しい色ガラスの香水瓶を早速手に取り、いそいそと懐にしまっている。


「いやはや、お気遣いいただいて済みませんな。先日も高価な葡萄酒を山ほどいただいたばかりですのに」


「とんでもありませんわ。この度の件にお口添えいただき、わたくし大変感謝しておりますのよ」


この度の件とは、貧民の娼婦(エイレン)をしこたま殴った市民に対する処罰である。事前の葡萄酒が効いたのか、彼は厳かにこう宣ってくれたのだそうだ―――貧民とてまた人である、と。


「しかし……国王が介入されたのはまずかったですな」


大臣は渋面を作った。本来なら既に刑が執行されても良い頃だが、国王の耳に入ったがために全政治系貴族の知るところとなった。そして、この件は紛糾している。


反対する貴族たちは口を揃えてこういうのだ。税を納めない者(貧民)に権利などない、と。


もしこの主張が通ってしまえば先に刑を定めた大臣の立場まで危うくなるだろう。


しかしファーレンは変わらず微笑む。


「大丈夫ですわ。話は鞭打ちを罰金に変える方向で進んでいるのでしょう?」


「お耳が早いですな……そう、新たな収入源となればヤツらもおいそれとは反対できますまい」


政治系貴族は民から搾り取り、神殿は政治系貴族から(まだまだ足りないが)搾り取って民に還元する。お互い水面下では陰口を叩き合っていようが、世の中は持ちつもたれつなのだ。


「それに陰で進めているもう1つの件も。タイミングを見て公表すれば、貧民の地位は確実に向上するでしょう……拘留期間が延びた罪人はお気の毒ですけれど」


ファーレンはフフッと笑った。紛糾覚悟で刑執行前に国王にリークしたのは、こちらの件をスムーズに進めるためである。


大臣はそんなファーレンを眩しげに眺めた。


「ファーレン様は妹君に似てこられましたな」


「そうかしら」


「妹君が亡くなられたのは本当に惜しかったが、ファーレン様がここまでしっかりされたならお父上もさぞご安心でしょう」


「ありがとう」


ファーレンは微笑んで応じた。心の中で今も同じ空の下にいるはずの妹に話し掛ける。


―――エイレン、お姉ちゃんは頑張っているのよ―――

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