10.お嬢様に妹弟子ができる(3)
「というワケで、依頼人からクレームや嫌がらせ、風評被害が発生する可能性が大きい事態になってしま居ました。誠に申し訳ないことだわ」
「んー……まぁ、なるようになるでしょうってことで、どうでしょうか」
感情を乗せず、ほぼ棒読みで報告をする弟子にのほほんと返事をしながらリクウは、こんなに凹んでいるエイレン初めて見たな、と思う。断食に失敗した時は落ち込みすらしていなかったのに。
「それとこの子、わたくしと師匠のラブを応援するとか言って張り切っているので、生活面でもご迷惑をお掛けするかもしれない」
「……なんだかその手の誤解、多いですねぇ。ですがまぁ、実態を見れば納得いくんじゃないでしょうか」
「それもそうね」
頷きあう2人。アリーファがそれを見て(やっぱり心が通じ合ってるのね!)と思っていることなど知る由もない。
「それで私の部屋は?」
ウキウキと尋ねるアリーファに、エイレンは細い眉をあげてみせた。
「そんなものないわよ」
精霊魔術師の館はなかなか贅沢な造りだが、いかんせん古い。代々の主が補修や補強を繰り返しつつ大切に使ってきたのだ。
従ってこの館には、個室という近代的かつ金持ち限定の間取りは存在しない。ズドンとだだっ広い居間があるきりだ。個人のベッドは居間の隅に置かれ、周囲から申し訳程度にカーテンで仕切られている。
「まさかここで寝ろっていうの?」
「いえ、ここはわたくしのベッド。あなた……そうね、交代で寝袋にする?」
「そんなのイヤ!」
「では、わたくしが寝袋ね」
珍しくエイレンが我慢強い対応をしている。何とかしてやりたいものだ、と考え思い出しことがあった。
「そうだ、客間がありました」
「客間?そんなものどこに」
「ほら、離れの」
「……物置でしょうそれ」
「いえいえ、大昔は客間だったんですよ」
精霊魔術師の地位の転落とともに、わざわざ客間に通さないといけないような客は来なくなり、そこに物が詰め込まれていったのだ。
「掃除してちょっと修理すれば、使えるかもしれませんね」
アリーファの表情がぱっと輝いた。
「私ちょっと見てくる!」
パタパタ軽い足音を立てて廊下を渡る背中を見送りつつ、エイレンは呟く。
「本当に掃除する気かしら」
ちょっとどころでは済まないと思うのだけれど。
「君にしては珍しい対応でしたね」
「何のこと」
「イヤなら帰れば、とか言うかと思ったのですが」
「それは、少し距離を置いた方があの子にもご両親にも良いはずだから」
淡々と説明する表情が少し寂しそうだ。
庶民の親って、心配やら愛情やらを武器に子どもを支配しようとするものなのなのね。
エイレンは聞き取れない程の声で呟き、アリーファの後を追った。




