10.お嬢様に妹弟子ができる(2)
アリーファは感動していた。目の前に居るのは本物の『一の巫女』だ。
(引きこもりしてて良かった)
どんなに自分を通そうとしても、やがては諦めて親が言う通りのくだらない人生を送ることになってしまう日がくるのか……、と恐れていたけどそうじゃない。諦めない限り、チャンスは必ず転がっているものだ。
「それで、その精霊魔術師様ってそんなに親切なの?」
「そうね……親切の無料配布をいつもされているような方ね」
「じゃあ、もし、私が弟子になりたいって言ったら弟子にしてくれそう?」
本題を切り出しかけて、はっとする。
「あ、でも私が弟子になったりしたらお邪魔かな?通いで弟子とかならいい?」
「それは聞いてみないと分からないわね……けれど『お邪魔』とは何のことかしら?」
そんなの決まってるじゃない。
「2人のラブラブ生活のよ!」
「師匠は誰にでも親切な方なのよ。ラブとかではないわ」
「じゃあ、あなたは?好きじゃないの?」
「そうね……まぁラブではないけど好きだと思うわ。反応が楽しいし」
「反応って何の?」
「いろいろ」
エイレンはフフッと笑った。
「ピュアで新鮮で見飽きないのよね……ついつつきたくなるのを、立場上ガマンするのが大変」
え、それってなんだかこじらせ感半端ないけど、ラブの方の好きじゃないの?自覚してないの?この姫様まさかの恋愛オンチ?
(これは私が助けてあげなきゃね……!)
アリーファはグッとこぶしを握りしめる。
「決めた!私があなたのラブを応援してあげる!」
「だからラブではないわよ」
「ううん、私には分かるわ!一緒に頑張ろうね、エイレン!」
そうと決まったら支度をしなければ。着替えと……お金だけでいいかな?
大声で数ヵ月ぶりに母親を呼んだ。
「お母さん!」
ダダダっと高級雑貨店の奥さんには似つかわしくない足音がして、母親が顔を覗かせる。
その顔はやっぱり涙ぐんでいた。
「アリーファ、あなた、わかってくれたのね」
「何を?」
「だから婿養子の件……」
「お母様」エイレンが遮った。
「わたくしはそんな説得をする、という約束はしていませんわ。お嬢さんはその件に関しては全く理解されていないと思います」
母親がキョトンとする。
「え、じゃあどうして……」
「お母さん、その件はね、ついでに養女ももらって下さいってことで。私は今日からこの家の娘じゃないわ」
「何言ってるのあなた!お父さんが何ておっしゃるか」
「お母さんだって、ずっとこんな人生つまらなかった、こんな結婚しなければ私はもっと幸せだったって、家族を呪詛いまくってたじゃない。私はそんな人生イヤよ」
「だってほかに、どんな道があるというの!」
「弟子になって精霊魔術を学ぶことにしたの。将来は精霊魔術師になるから」
ひいっ、と母親の喉の奥から悲鳴に近い音が漏れた。
「バカなことを考えるのはやめなさい!」
なんでこの人はいつも、私が選んだことをバカって言うんだろう。
「好きでもない男と結婚して店を継ぐことがそんな賢い道とはどうしても思えないよ。同じバカなら、私はやりたい方を選ぶわ」
言い切って、小さな包みを持った。
「行こう、エイレン」
「あなたの立場は分からないでもないけれど、わたくしとしては困る結論ね」
「大丈夫よ、あなたや師匠にクレームつけるならもう一生口利かないから。お母さんも分かったわね!」
出て行くのに一生口利かないも何もないのだが、こう言っておけばまず大丈夫だろう。
「あなたお母さんをどれだけ心配させれば気が済むの!これまで可愛がって育ててきて、こんな目に遭うとは思わなかったわ……」
泣き崩れる母親に声を掛けるか迷い、結局は何も言わずにエイレンはアリーファの後を追った。




