9.お嬢様は初仕事に取り組む(1)
透輝石の青白くやわらかな光の下で、リクウは書き物をしている。
郊外の農家からの仕事は口頭でくることが未だ多いが、街からの仕事依頼はほとんどが手紙でされるようになってきた。
その返事のために、1日のうちいくらかの時間を当てているのだ。
どうにも無理そうな依頼に機械的に断りの文言を書きつつ、リクウは彼の新しい弟子について考えていた。
(一体どうしたものでしょうかね)
彼女は修業について、前向きで真面目だ。いつの間にか『精霊魔術の基礎マスターのための25の方法』なる書物を探しだしてきて、あれこれ研究するほどに……ちなみに今日からは『無言の行』だと、一切口を利いてくれなかった。
しかし彼女に精霊魔術師としての適性が無いことは火を見るより明らかだった。きっと代々の師もエイレンのような娘にはこう言うだろう。
「向いてないからやめときなさい」と。
それをとあるウッカリな事情(詳細は敢えて意識から外すことにしている)から引き受けてしまった以上は何とか伸ばしてやらなければ、とは思うものの、これといった方法がない。
考えつつまた1通の手紙を取る。再三請われている先ではあり、何とかしたいのはやまやまだが、精霊魔術は万能ではないのだ。
断ろうとペンを持ち直し、ふとひらめいたことがあった。
(精霊魔術ではどうにもならなくても、他の方法ならできるかもしれない)
エイレンもすることができれば、今のように焦って無茶はしないだろうと考えれば、なかなか良い思い付きのような気がする。
リクウは顔を上げ、部屋の反対の隅で書物を読んでいる弟子に声を掛けた。
「申し訳ないですが、無言の行はそろそろ終わりにしませんか」
「何かしら」
それまで散々振り回されてきたが、弟子になってからというものエイレンは驚くほど素直だ。彼女の中で『師の言うことは絶対』的な不文律でもあるのだろうか。
「1つ仕事の相談があるのですが」
「わたくしまだ全然使えないわよ」
「大丈夫です。精霊魔術関係ない案件なので」
「……仕事は選びなさいよね師匠。今日も煤払いとか種蒔きばかり3件も」
村中が協力して仕事を進める地方とは違い、忙しい春先、郊外の農家は人手が足りなくなりがちなのだ。
「それはどちらも大切な仕事なんですよねぇ……それに」
リクウはおごそかに言った。
「できる仕事は全て受けるのが零細個人事業の基本ですよ」




