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17.お嬢様は空へ飛び立つ(3)

―――その少女は、滅多に笑わなかった。他人を惹き付け利用する必要がある時、以外は―――


彼女がやがて神殿からの側室として輿入れしてくる巫女の候補だと聞いた時は、そんなものか、と思っただけだった。

神の力を王へと渡す媒介となる神殿からの側室になる女に、興味など湧きようが無かった。


それが変わったのは、改めて『一の巫女』として紹介された時に向けらた、魅惑的な笑顔を見てからだ。


その笑顔がただの仮面であると、見破る者が何人いるだろうか?

仮面を剥がし、その下の氷のように静かな表情を壊せば、奥に何が見えるのだろうか?


(どのように壊してやろうか)


それを考えると、楽しくて胸が熱くなった。

恋ではないと思うが、執着はあったのだ。


しかし輿入れてきた女は、ただ見てくれの良いだけの普通の女だった。


優しくしてやれば喜び、愛されたいと願う女。なんの面白みもない。


(自分が彼女に抱いていたのはただの幻想であったのか、とガッカリしたものだったな)


ばかだった、と夢の中でディードは過去の彼自身を(わら)う。


妻から寄せられる控えめな愛情や優しさの心地良さを知り、それを心底愛しいと思うようになった。

この春には妻は側室から王妃になる。

今、望むのは、ただ、妻の無事な出産と子の成長、それに国の幸福な未来だ。


―――そうなるよう、わたくしも願っておりますわ―――


どこかで聞き覚えのある声がし、それに気軽に 「そなたも早く落ち着けよ」 と夢の中で応じつつ、ディードは寝返りを打った。



※※※※※



窓にかかった淡い緑のカーテンが、風に揺れる。

草原のような色合いの絨毯の上、揺り椅子に座ってせっせと編み物をしている手が、ふと止まった。


ファーレンがよく知る、あの子が訪れたのだ……姿は見えず、誰だったのか、なぜだか分からないのだが。

それでもその気配には覚えがある。

どこまでも、彼女なりの生き方しかできなかった、不器用なあの子。


優しい手つきで、膨らんだ腹がふわりと撫でられる。


―――近いうちに、生まれるわ―――


優しい声が耳元を通り過ぎた気がした。


―――きっと無事よ。国中から愛される、王妃様と王女様になるわ――――


「その王女様はあなた?」

一塁の希望を込めて尋ねれば、返ってくるのは鈴を振るような軽やかな笑い声。


―――ありがたいことに、違うようよ―――


涙がぽたぽたと、赤子のために編んでいる晴れ着へと落ちて染みを作るのを眺めながら、ファーレンはなぜ、自分が泣いているのか、分からなかった。


そして思うのだ。


きっとこの夢から覚めた時には、たとえようもなく寂しくなってしまうに違いない、と。



※※※※※



『青き花咲く野の乙女よ、そなたは美しき風の精

その優しい口づけを、さあ私の頰におくれ

何処いづこに在りても私の心がそなたと共にいられるように……』


調子に乗って若干弾んだリュートの音に、歌が重なる。

パチパチとはぜる暖炉の炎を映して少し赤くなった観客たちの顔を眺めつつ、無駄に長いアルペジオで曲を締めると、わーっ、という歓声と拍手がひとしきり巻き起こった。


ああ、夢だ、と分かったのは、観客たちがいつか行った村の、少し押し付けがましいところもあるが基本は気のいい村人たちの顔をしていたからだ。


並べられた御馳走。

賑やかなおしゃべり。

滅多に来ない吟遊詩人を歓迎し、楽しむためにお祭り騒ぎの邸宅。


「ねえ、ほんとのおとうたまぁ……」 幼い女の子から袖を引かれつつ呼ばれた言葉にドキッとして、それから苦笑する。


この子はなぜか滞在中、キルケのことをずっとそう呼んでいたのだ。


「どうしました?」

困った客でも幼くても、客は客。

笑顔で応じれば、不思議なことを問われる。


「おねぇたまは?」


「はて? 誰のことでしょう?」 首をかしげつつ、頭の中の頁を繰る。


「よくいっちょに、いたでちょう?」


「さあて、ね……」

ほどほどの友人はいる。観客には不自由しない。

しかし、よく一緒にいた、となると……?


首をかしげつつ、なぜか否定もできずに、いつかのように女の子の頭を撫でる。


「どこにいるの? かえってくる?」


「遠いところに、行きましたよ。もう帰って、こないんじゃないかなぁ」


とりあえず調子を合わせてみた台詞は、意外なほど深くに胸を突き刺した。


「あいたいね」


「きっといつか、会えるでしょう」


「ならどうして、ほんとのおとうたまは、ないているの?」


「忘れてしまったら、悲しいから、かなぁ……」


キルケはそう言って、もう一度、女の子の頭をそっと撫でた。



※※※※※



「これは……夢でしょうかね」

「夢でしょうね、師匠」

困惑気味に呟く精霊魔術師(まじないし)に、意外なほど落ち着いた返しをする、弟子のアリーファ。 


「じゃないと、私たちがいきなりセッカの家の炉端に戻って日常している理由がさっぱり分かりませんからね」


精霊魔術師の手に握られているのは、コップの形をした木片と、ノミである。膝元に散らかる、細かな木屑。


(何かあると仕事に逃げるヘタレ師匠!)


なんでここ再現、とアリーファはタメイキをついた。


彼らは間違いなく、王都神殿の塔にいたはずだった。

何やら師匠と……が暴走して、説得に行く、とかそんなことをしていた途中だったはずなのに。


……は、出てきたと思ったら、いきなりその場にいる全員を眠らせるという暴挙に出たのだ。


「まったくあの子ったら!」 誰だったか、消えていきそうになる記憶を必死で捕まえようとする。

「頑固だし、何でもひとりで決めようとするし、趣味は人をからかうことだし!」


泣きそうになりながら彼女のことを語る弟子を前に、リクウはじっと己の手を眺めた。


(この手で先ほどまで、彼女に触れていたのではなかったか。この腕で、彼女を抱きしめていたのではなかったか)


痩せて柔らかみの少ない身体は、それが彼女であるが故に愛しかった。

普段は凛とした声が、その時には甘く変わって心に絡みついたのも、覚えている。


(一緒に死んで良いと言ってくれたのに、なぜ突き放したのか)


戸惑いが大きくなる。


(僕はそれで良かったのに)


それ以外の未来など、考えもしなかったのに。


その時、ふわり、と風が吹いた。

花の香りを含む微風に載せて、声が響く。


―――あのようなものはただの繰り言よ。忘れてしまいなさい―――


その声は、記憶にある彼女のものよりも、柔らかく優しい。


―――どこかの死んだ女と同じように、わたくしのことをひきずられるなど、ごめん被りますわ―――


リクウにのみ届いている言葉なのか、アリーファの憤然とした声がそれに重なる。


「身勝手で傲慢で」


「……残酷で優しいですね」 後を引き取って微笑めば、びっくりしたように見開かれた緑の瞳にぶつかった。


ゆっくりと、リクウは彼女の名を唇で刻む。


「エイレンは」


パリン、と薄くて硬い氷の壊れる音がして、紡がれた夢が、崩れ落ちた。

読んでくださりありがとうございます。

更新押し気味にも関わらず、ブクマや評価感謝しておりますm(_ _)m


次回で完結予定です。

拙いお話ではありますが、もうしばらくお付き合いくだされば嬉しいです。

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