8.お嬢様は精霊魔術師の弟子になる(3)
そもそもなぜエイレンが精霊魔術師に向かないかというと。
「自我が強すぎるんですよ」
リクウいわく、そういうことらしい。精霊魔術は己を無にして周囲の事象を受け入れられる感性が必要なのだそうだ。
己の内に眠る力を最大限引出して発現させる神魔法とは真逆である。
同じ神魔法士の家系でもファーレンみたいなボーッとしたタイプならまだ見込みはあるかも、と言われたエイレンは大いに気を悪くした。
何が何でも短期間で基礎をマスターして、師匠にマイッタと言わせたい、そんな自我満載の動機で断食を始めて5日目。
(さすがに限界が近いわ)
棚にハタキをかけようとして急にめまいがした。その場に座り込みそうになるのを堪えるのが精一杯だった。
ここを越えたら、いい感じに頭がボーッとなって精霊魔術の基礎とやらを体得できる気がするのだが。
(なかなか難しいのよね……)
原因は自身にあると言って良い。神魔法士として巫女として、常に鍛錬し己を高めてきた立場としては、『無になる』とは恐怖でしかないのだ。
「別に自分を無くせ、とは言っていません。ただもっと心を静かに澄まさなければ」
そんなエイレンの質問にリクウはこう答えたが、意味があるようでいて具体的な点がふんわりしすぎているのではないだろうか。
そこが分からなければ1歩も先へ進めないのであれば、確かに習得には時間がかかりそうだ。これまで努力が必ず報われる、ほぼ負け知らずの人生を送ってきたエイレンにとって、己に適性がないと認めるのはかなり凹むことだった。
エイレンは気を取り直して、再びハタキをかけ始める。彼女はここにきて初めて、『弱気になった時の対処法=とりあえず別のことを考える』を体得しつつあるのだ。
(あの時の師匠、本当に可愛かったわ)
キス1つで凍りつくだなんて。思い出す度にニンマリしてしまう。
表面は穏やかな仮面を崩さなかったが、あのきれいなブルーグレーの瞳は明らかに戸惑った色を浮かべていた。予想を裏切らないピュアな反応だった。
(もっと見たいけれど、あまりやりすぎると迷惑よね……慣れてしまう可能性もあるし)
次はどんなタイミングで攻撃をしかけてみようか。
(そうだわ。断食の次は無言の行か暗闇の行にしてみようかしら)
夢中で考えているうちに、効果がありそうな修行法も思い付いた。気分を切り替えるというのはやはり、とても大切だ。
それが分かっただけでも、今日のところはよしとしよう。
己に甘くできるようになった、という点もついでに評価したい、と密かに思うエイレンであった。




