15.お嬢様は溺れている(3)
前半部に軽い変態描写入ります。
お嫌いな方は、※※※下よりお読みください
m(._.)m
蔦に覆われ、光の届かなくなった塔の部屋。
互いに抱きしめ、口づけ、貪り、上り詰めては果てる。
海の潮を飲むように、満足感は新たな渇きを呼び、どちらからともなくまた、求め合う。
「気になるの?」 胸の下に走る傷跡に、何度も唇を這わせる男の髪に手を差し込んで乱しつつ、女が囁いた。
「あのひとを助けようとして、つけたのよ。死んでほしくなかったの」
「誰を?」
「妬ける?」 女はくすくすと笑いつつ肢体をしなやかにずらし、掠れた声を発する男の口を唇で塞いだ。
「けれど、あなただけよ」 何度も繰り返されるついばむようなキスの後、長い金の髪を男の首と肩に流して柔らかな耳朶を噛む。
「あなたには、わたくしと一緒に死ぬことを許して差し上げるわ」
男は軽く呻き、滑らかな皮膚に覆われた白く細い首筋を吸った。
※※※※※
その黒いゼリーのようなモノは、海から、川から、湖から……這い出し、集まり、1つの意思を持ったもののように王都へと動いていた。
「確か……水鬼の幼体、だったよね」
アリーファは少し前に、ゴート港で見た光景を思い出す。
あの時も大量の幼体が船にたかっていたが、神様の気配を感じるだけで、大半が逃げていったのだ。
しかし今、それらは、苦手であるはずの神の気配など、全く意に介さぬ様子で、ただ、ズルズルと同じ場所を目指している。
「少し近寄るか」
神様が言い、アリーファをしっかりと抱きかかえて再び空間を渡った。
次に着いたのは、街の中央付近の、上空。
そこで見た光景にアリーファはまたしても、息を飲むことになる。
「神殿が……! 王宮が!」
聖王国の中では壮麗といえないこともない、立派な石造りの建物。
それらが、ギシギシと音を立てつつ、あり得ない角度でかたむいている。
その上を、緻密に組まれていたはずの石を崩そうとするかのように、黒い物体が這い回っている。その数は増える一方だ。
周囲に逃げ延びた人々の悲鳴や怒号がかすかに、聞こえてきた。
「建物の下を土鬼が崩し、上を水鬼の幼体が崩してるんだ」
「どうして……っ! 王都はまだ、安全だったはずじゃ……!?」
神様は贔屓の塊である。
国を守る大結界がボロボロに破綻しかけている今でも、確か 「それが当然」 とばかりに王都への加護は手厚かったはずだ。
「そこなんだが……」 神様は普段には似合わぬ、重苦しいため息を吐いた。
「内側から呼ばれては、俺ではどうしようもない」
もともとが災厄の力しか持たぬ神は、小技を使うのが大の苦手……というより、全くもってできない。
王都に溢れる鬼たちを駆除しようとするならば、街1つ滅ぼす覚悟でいかなければならない。
「内側から?」
アリーファの怪訝そうな声に、ハンスさんはボリボリと頭を掻きつつ、アゴで傾きかけた神殿の横隣を示す。
「あそこに今、閉じ籠もってるんだが」
アリーファの目の前にあるのは、黒い蔦で覆われた塔。
この短い時間で、息を呑むのはこれで何度目だろう。思いながらもアリーファは息を呑み、震える声を舌にのせる。
「……師匠……?」
まさか、と思いたい。
しかし、神様がここでそんな嘘を、言うわけが無かった。
それに、かつてないほどに強く感じる。
周囲に満ち満ちた、精霊の力。
「どうやら、霊鬼というのは精霊魔術師に憑くととんでもない、ようだな……」
困惑したように神様が呟く。
神様にとっても初めてのことなのだ、とアリーファは悟った。
「なんとか……ならないの?」
「うーん」 天を仰ぎ、今度はポリポリとアゴを引っ掻く神様。
「これが知り合いじゃなければ、塔に雷落としてみるんだが」
大元を潰せば何とかなるだろうという、非常に力任せかつ雑な方法である。
しかも、知り合いじゃなければ即、決行しそうなところが、この神様の性格の悪さを物語っていた。
さすがエイレンの先祖、と感心しかけて、アリーファはもう1つの事実に気づく。
「……エイレンも? エイレンもいるんだよね? あの中」
うなずく神様の表情が、痛々しい。
「どうして……止めなかったんだろうな、あの時」
「仕方ないよ」 慰めなどではなく、そう思う。
あの2人の間にある信頼感や安心感というものは、なんとも独特で、引き離そうなどとは、なかなか考えられないのだ。
「だが……」
ごちゃごちゃと何やら言いかけるハンスさんの頬に、そっとキスして黙らせると、アリーファはキッパリと言った。
「今からできることをしよう! 作戦会議だよ! それから」
言葉を切ったアリーファの頬が、みるみるうちに赤く染まる。
「ん? どうした?」 今さら、キスが恥ずかしくなったのか、などと思いつつ尋ねた神様は、恋人の返事を聞き……
どっしーん……っ、と地面に落ちてしまった。
彼の気のせいでなければ。
アリーファは、こう言ったのである。
「結婚して下さい! すぐ!」 と。
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