14.お嬢様は囚われる(3)
王都神殿の塔が、突如現れた黒い蔦で封じられた、その少し前。
セッカの精霊魔術師の館では―――
「ええええっ!?それほんと?」高い天井に少女の声が響く。
「で?そのまま、エイレンと師匠閉じ込められてスゴスゴ帰ってきたっていうのハンスさんっ!?」
ずどんと広い部屋の中央では炉が盛んに燃え、空気を暖めている。
そんな働き者の火に多少、協力する感じで、アリーファは腰に手を当てぷりぷりと怒りを放出していた。
たった今、恋人でもある神様から友人と師匠が神殿で捕らえられた、と聞いたばかりである。
「無理にでもさらってきたら良いでしょうにヘタレなんだからもうっ!」
「ほんっと面目ない!」炉にやたらと火かき棒を突っ込みつつ、頭を下げるハンスさん。
「思いつかなかったんだ!」
「もうっ!」
干したラディッシュと干し肉を煮込みに煮込んでドロドロにした危ない色合いのスープ(見た目よりも美味い)をアリーファから受け取りつつ、済まなさそうに身を縮める。
「だって、俺普段は人のやることに手を出さないって決めてるしさぁ、つい……」
「つい、じゃありません!」
「それに、あの2人に霊鬼が憑いたのはどうやら事実で……」
「わかるの?」皿にスープをよそう、アリーファの手が一瞬止まる。
「神力があると見えない、ってエイレンも言ってたのに」
「見えないが」火かき棒を持ったまま、腕組みをして天井を見上げた。
「……ま、なんとなく、かな。どっちにしても、危険だろ」
「私はそう思わない」ゴトッとスープの皿を床に置いて、アリーファはきっぱりと言った。
「エイレンと師匠だよ?何があったって、ワケもなく人を傷つけたりしない」
「……だが、エイレンは、自分自身を傷つけた。エスカレートすれば、これまで霊鬼に憑かれた者たちと同じになるかもしれん」
ハンスさんの切なげな口調に、アリーファの眉がぴくり、と震える。
「なにが、あったの?」
「…………」無言で応じる恋人に「言わなきゃ3日間、絶交!」と強いアリーファ。
仕方なく、といった様子で、神様が口を開く。
「……輿を壊し、衣装を切り裂き、護衛を昏倒させて、聖堂の扉を壊して、最後には自分の心臓を撃った」
「エイレンが!?」
息を呑むアリーファ。
先程、エイレンのケガの治療中にリクウに霊鬼が憑いたことは聞いたが、そのケガの原因が霊鬼のせいだ、などとは思いもよらなかったのだ。
片手で覆われ、うつむいた神様の口から、呻くように言葉が漏れる。
「もっと早く行ってやれば、良かった……!」
今この瞬間に嫉妬する私でなくて良かった、とアリーファは思った。
ちゃんと、友人を心配し、彼の悲しみと後悔を思い遣れる私でいられて、本当に良かった。
こんな時に、そんな風に自分のことばかり考えてしまうのは、いただけなくもあるが。
そっと、彼の背に寄り添い、手を伸ばす。
震えが止まるまで、その金の髪を優しく撫でる。
「なんとかしようよ」
「俺が禍神などでなかったら、とっくの昔になんとかできていたさ……ああ、その前に、問題なんか起こらんよな」
「大丈夫だよ」うなだれるハンスさんの大きな身体に腕を回す。
抱きしめてあげたいけれど、サイズのせいでどうしても『取りつく』になってしまうのだ。
「ハンスさんは禍神じゃないよ。この国の神様でしょう?」
「……災厄を起こす力だけがやたらと強くて、もと居た国では誰からも忌まれた出来損ないだ……」さらにしょんぼりと呟く神様である。
と。
「いたたたたっ……!」背中に、衝撃が走った。
アリーファがげしげしと背中を膝蹴りしているのである。
「いたい!主に心がっ!……俺、なんかしたか?」
「ハンスさんはいろいろ、頑張ってくれてるよ!」
「じゃあなんで蹴るんだ!いたい!いたたっ……」
「カツを入れてるんです」ハンスさんから離れ、固いパンを出して皿に置く。
「元気出たでしょ」
「元気……」
涙目のハンスさん。
確かに、先ほどまでのどうしようもない気分はどこかに飛んでいっているが。
その隣に、アリーファはちょこんと腰を下ろし、固いパンをちぎる。
「ハンスさんがたくさん、抱えてるのは知ってるよ。得意じゃないのに頑張ってくれてるもんね」パンの欠片をスープに浸し、神様の口に放り込む。
「それに、まだやることも多いよね」
守りが得意でない神様は、国を覆う結界を維持し、天候を調整して人々の暮らしを支えるだけでも精一杯なのだ。
ウンウン、とうなずく神様の口にもう1度、スープに浸したパンを詰め込み、アリーファ自身もスープを飲む。
「私も、できることがないか、探してみるよ」
「ここにいるだけでもじゅうぶんだろ。留守番だって大事な仕事だ」
「ううん、そう思ってたけど、違うよね」パンを口の中でゆっくりと噛み、飲み込む。
実家にいたころは食べたことがなかったような、粗末な食事は、でもそれなりの味がある。
「両親とか近所の人とかセッカの人とか……みんなが普通に暮らしていけたらいいな、って思うんだけど、エイレンとか師匠には幸せになってほしいんだよね」
またスープを飲んでパンをかじり、ゆっくりと噛みしめる。
何でもできると思っていた友人は、霊鬼に憑かれて昏倒しているという。
どうしてもっと早くに、止めなかったんだろう……そう思うのは、きっと、アリーファだけではないはずだ。
彼女を知っている者は全て同じ後悔を背負うに違いない。
彼女の強さと、その意志を、信じていた。
けれど、それだけでは足りなかった。
信じて待つだけでは、足りない。
ハンスさんが低い声で言う。
「誰も、霊鬼からは逃れられない」
パンを飲み込み、アリーファは首を横に振った。
「何か方法がないか、探してみるから!」
それがうまくいくかどうかは分からないけれど、諦めたりは、とてもできない。
「アリーファ」恋人の声とともに無駄に逞しい腕が伸び、ぎゅっと抱きしめられる。
嬉しいけれど、悲しくもなる瞬間に、アリーファはそっと目を閉じる。
体温を感じさせない身体。
降り積もった雪のような、匂いのない匂い。
やはり神様なのだ、と思う。
人間とは、違う。
昔の女王様も、歴代の巫女も、エイレンも。皆、この寂しさを抱えていたのだろうか。
唇に優しく贈られたキスを返して、目を開ける。金の瞳を間近に見て、笑ってみせる。
「絶対に諦めないんだから!頑張ろうね!」
アリーファの気持ちなんか多分ほとんど分かっていないヘタレな神様は、ああ、とうなずき胸を叩いた。
「まっかせなさぁい!」
読んでいただきありがとうございます。
鬱展開にも関わらず、新たにブクマ下さった方、読み続けて下さっている方に感謝です。
はぁー……とりあえず……upできた……バタッ(倒)
直しはまたゆるりとしますー(なんだと)
すみませんが、変なところがあったら、ご容赦をばm(_ _)m




