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14.お嬢様は囚われる(1)

狭い螺旋階段を、蝋燭の灯がゆらめきつつ登っていく。

先導をするのは神官長。

(自らの手で娘を閉じ込めるのが、せめてもの親心、といったところか)

そう考えつつ、リクウは背にかかる重みをそっとゆすって持ち上げ、ひとつ息を吐く。

かすかな音が聞こえたかのように、神官長が止まった。


「水」

短い命令に、後続の武装神官が木の筒を差し出してくる。

「そのまま『一の巫女』様をおろさずに。飲ませますから」

唇に当てがわれた筒から、言われるままにゴクリと水を喉に送る。


清涼な流れが身体全体に染み渡った。


(神殿の井戸……いつだったか、エイレンが自慢していたな)


さらにひとくち、もうひとくち。

斜めになった筒からこぼれた水が、胸元を濡らす。


「ゆくぞ」

神官長の号令と共に、行列はまた動き出す。塔の最上階へと―――



ゴーン、と重く固い音がして扉がしまり、鍵が外からガチャリ、と掛けられた。

「少々狭くて済まぬが、なるべくの便宜は図ると約束しよう……後は担当者にきけ」

神官長の重々しい声がし、すぐに複数の足音が階段を下りていく。


「では説明させていただきますね」先ほど水を飲ませてくれた神官の声が、きびきびと話し出した。


「扉の下の方、小さな扉がもう1つあるでしょう」担当神官の説明に従い目を向ければ、確かにその通りだ。

しかし、やはり外から鍵が掛けられている。

「食事ほか、必要なものの受け渡しはこちらからです」


その説明よりもよほど重要な件があることを、ざっと部屋を見回し、リクウは悟った。


「……しきりは後でいただけるんでしょうかね?」


「いえそんなものはありません」


あっさりとした返答に頭を抱えたくなる。

神殿は基本、その辺がおおらかだ。その上に、塔はもともと罪人の収容所でもある。


事前に「囚人というわけではありませんので」と担当神官からは説明を受けていたが……どう考えても、それ以外のなにものでもない。


「布を渡すのでもいいんですが。何か、視界を遮るものを」食い下がるリクウの目の先にあるのは、排泄用の蓋付き桶である。

「ふたり、ですし」


「……目をそらせばよろしいのでは?」


「あなたは『一の巫女』様に平気な顔して最中をガン見されたいですか?」


静かだが切実な口調に、武装神官が押し黙る気配がした。


「……わかりました」ややあって、少々トーンの落ちた声。

「倉庫からついたてを探してみましょう」


「よろしくお願いします」

礼を言えば、気づかずすみませんでした、と謝罪が返ってくる。


囚人、という認識が神殿の者たちに無いのは本当かもしれない。

ただ、目に見えぬもの、今まで目を反らしてきたものを過度に恐れているだけで。


担当神官の足音が遠のくのを耳にし、リクウはほっと息を吐いた。


簡素な寝台の上にエイレンを下ろし、注意深く全身を見回す。


胸に空いた小さな穴の周囲に、血はこびりついて赤黒く固まっている。新たに流れ出す気配は、ない。

呼吸も安定している。

深い眠りの中で、時折、背からはみ出た蝶の翅がピクリ、と震える。

同じものが自分にも生えているのか、と思えば、なにやらバカバカしい光景のようでもあるが……


彼女に生えたそれは、美しい。

暗がりの中でもはっきりと光彩を放つ、虹の色。


(この翅がとれれば、今度こそ、本当に自由になれるはずだ)


神殿はエイレンを、ミもフタもく言ってしまえば『使い物にならない』と判断した。


神官たちには霊鬼は見えない。

にも関わらずそう判断したのは、『一の巫女』の直前の行動が常軌を逸していたからだ。彼らにとっては、信じられないレベルで。


他に知られることがあってはならぬ、と神官長は言い、それはそのまま彼らを拘束する言葉となった。


エイレンとリクウを取り囲む武装神官たちを止めようとした神様(ハンスさん)を遮ったのは、リクウ自身だった。

「どのみち隔離は必要ですから」


霊鬼が憑いているといっても、すぐに隔離せねばならぬほどおかしくはなっていない、と思う。

しかし、他者からの印象がどうなのかは正直なところ分からない。


―――それに、そう言って止めなければ神殿全体がどうなっていたかわからぬほど、神は激しく怒っていたのだ。


「『一の巫女』を拘束することなど認めんぞ!」


「ご安心ください、神よ」神官長は頭を垂れたまま、応じた。

「すぐに次の『一の巫女』選定に取りかかりましょう。さすればこの娘は何者でもなくなります」


「認めん、と言っているだろう!」


「そうでしょうか」穏やかな口調は、神の怒りに恐れも同調もしないからこそ。

神は神であり、人とは違うと信じているからこそのものである。

「神よ、あなたが懇意にしているあの娘でもよろしいのです。アリーファ、といいましたな」


「そんなことをしてみろ」低い声にどれほどの感情が込められているか、付き合いの短い精霊魔術師(まじないし)でさえわかるというのに。

「すぐにお前らを滅ぼしてやるぞ」


「そうですかな」神官長が顔を上げて神を見る。挑戦などではない。

信じきっている、眼差しである。

「あなたの直径の子孫である我々を?あなたの女王に守ると誓ったのに?」


声にならない叫びが神様(ハンスさん)の喉から漏れ、空間を震わせた―――



(ああ言うしかなかった)

眠る娘を見下ろしリクウは考える。


あの場をひとまず収め、神の怒りの犠牲になる者を出さないためには、神官長に同調し、自ら囚人となるしかなかった。 


(まだ狂ってなどいない、はずだ)

極めてまともな思考ではないか、と考える。

霊鬼に憑かれた場合、これほどに自信が持てなくなるものとは思わなかった。

常に自問自答を繰り返しても、正しい答えなどない気がする。

あるいは、己こそが正しいと信じた瞬間には、もう狂気の中にいるのかもしれない。


神の血筋などでない者であれば、霊鬼の影響はより早く出てしまうものかもしれない。


(まだ正気が保てているうちに、試みてみよう)


エイレンから霊鬼を分離して己に移そう、とリクウは考えた。


彼女を今度こそ、解放してやろう。

真に望むことを、叶えられるように。


考えつつ、そっと、滑らかな頬に指を這わせる。

それだけで、溢れる喜びに、疑問を持つことなど、できそうも、ない。


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