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13.お嬢様は血を流す(1)

あの夜と同じだ、とリクウは思った。


精霊たちが騒がしい。

石造りの精霊魔術師(まじないし)の館までも、その気配は伝わってくる。


膨大な神力の放出に、怯え……いや精霊たちにはそのような感情などはない、はずだが。

しかし、敢えて言うならば、やはり近しいのは『怯え』だろう。


ざわざわとした、声にならない無数の声。

精霊たちはそうして、さまざまなことを伝えてくる。


(あの娘と初めて()った夜も、そうだった)


その時、リクウは森の中で夜を明かしていた。

何がやってくるのかと警戒していたら、傷だらけの人間が落ちてきた。


(また、あの娘に何かあったのだろうか)

懸念が内側から胸を叩く。


エイレンが絡まずとも、精霊たちは神魔法の力が苦手だ。

騒ぐのは、彼女ゆえとは限らない。


それでも、どうしても彼女だと思ってしまう。


落ち着け、とリクウは己に言い聞かせた。

落ち着いて普段通りに。人々のために精霊魔術師(まじないし)として振る舞うことは、彼女の目的とも合致しているはずだ。


その望みの中のどこにも、エイレン自身の姿は見えないが、それでも叶えなければ、と思う。

彼女の望んだことは、全て叶えてやろうと決めたのだから。


第一、強力な神力が動く時に、精霊魔術師(まじないし)ができることなど……


(治癒)その言葉が脳裏に浮かんだ時には、すでにコートを手に取っていた。

(きっとまた、ケガをしている)


コートを羽織り、精霊魔術師(まじないし)の館を後にする。


館の外に出ると、感じる神魔法の気配と精霊たちのざわめきがより色濃く感じられる。


もしかしたら、最初に遇った時よりもケガはひどいのかもしれない。


果たして間に合うだろうか。


焦りが生まれ、迷っていた時間を後悔させる。


神が送った場所は川原だった。神殿と精霊魔術師(まじないし)の館の、中間地点。

どちらに行っても良かったのに、まっすぐに向かえなかったのだ。神殿、すなわち彼女の元には。


失うとわかりきっているモノに触れることも、失った後に己が何を思うかを知ることも、恐ろしかった。


ずるい人、とエイレンの笑みを含んだ声が聞こえたような気がして内心で目を閉じる。返せる言葉など、ない。


ずるくて臆病であることは百も承知していた。

今も『ケガを心配する、治癒を行う』という理由があるからこうして彼女の元に向かえるのだ。理由付けされた行動はラクである。

ただ会いたい、そういった望みよりは、はるかに。


郊外のここからならば、急ぎ足でも王都中央の神殿に着くまでに夜が明けてしまうだろう。

遅いかもしれないが、ここで諦めるワケにはいかなかった。


(急がなくては)

小川のせせらぎを左にしばらく早足を続ける。


「……っ!?」

その身体が、不意に宙に浮かんだ。そのまま吊り上げられるように引っ張られる。


身体が宙に浮かんでいる、その意味するところは。

神様(ハンスさん)……!?」


力は感じれど姿は見えない。

ただ、どこからか話しかけられている。


「歩きだと、ふざけてるのか?何時間かける気だ!?」常ならば余裕綽々(しゃくしゃく)であるはずの口調には、焦りが感じられる。

「引っ張ってやるから早く来い!」


言葉が終わると同時に、身体にぐにゃりとした違和感。

内臓の全てが歪むような感覚と共に、何もない空間を渡る。そして。





がごんっ


鈍い音と固い衝撃と痛みが、リクウの頭蓋に走った。

目の周りに星がチカチカと飛ぶのを頭を振って追い払いつつ、そろそろと立ち上がる。


周囲を見れば、威圧感のある石造りの壁がまず印象的だ。

(神殿、か……)

特徴的な殺風景さと暗さの建物は、一度見たら忘れなどできないだろう。


まずここに引っ張られたのは、予想通りといえば予想通りである。


さらに詳しく見ようとして神戸を巡らせた時、宙に浮かぶ無駄に筋骨隆々とした青年と目が合った。


「いよっ」

手をあげて気軽な挨拶をよこす神様(ハンスさん)。しかし、その表情に普段の明るさはない。


「頭から落とさないで下さいよ」


「あーすまんすまん、つい本音が出ちまった」

謝罪の意が全く感じられない軽口は、やはり切羽詰まった響きを帯びている。


「で、どこですか」


短い問いに、神様はアゴで部屋の奥を示した。

「自室。施療院の者が治療しているんだが、血が止まらない」


「血」なるべく平静を装い、リクウは問う。

「一体何が……」


ハンスさんが口を開きかけて閉じ、首を横に振った。

「説明より先に治療だ。あんたなら、止められるだろ」


言うなり、神様はリクウの腕を乱暴に掴む。


「男は触りたくなかったのでは」

「特例だ。それに一瞬だしな」


そんなやり取りを残しつつ、2人の姿はその場から、空気に溶け込むようにして消えていった。

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