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12.お嬢様は虫に喰われる(3)

小石混じりの、粒の粗い砂が足の裏を傷付ける。

それに構わず、エイレンは聖堂へ向かって歩く。


聖堂までの、道はない。

『一の巫女』か国王の側室以外は立ち入ることを許されない場所であり、他の者が入ることを許されないからだ。


空気は冷たく、むき出しの腕や脚に鳥肌が立っていることに気付いて眉をひそめる。

(情けないこと)


寒いと感じているわけでもないのに、きっちりと反応している己の身体が腹立たしい。


それと同時に、複数の気配に追われていることに気づく。


(急がねば)

足を速める。

恐らく神官長は、己のメッセージに気づいたのであろう。


『今後2度と捧げ物になる女は出さない』


輿は破壊し、衣装も切り棄てた。

慣例だ国のための責務だ、などとはもう言わせない。


神に捧げられ、国王の側室となる。

黙って従うわけではない。

側室としての地位にいる間に、できうる限り国を変えるのだ。


想像すれば、歓喜がぞくり、と背筋を這う。

単純に滅ぼすよりも大きな、破壊の悦び。


―――既存の制度を破壊し、その上にあぐらをかく者たちを葬り去る。表面は何も起こさず、多くの者が気付かぬうちに―――


その興奮に比べれば、己1人の犠牲や小さな感傷など、実にくだらぬものではないか。


(今捕らえられるわけにはいかない)


走りたいが、小石混じりの砂地ではうまく走れない。


やはり何も起こさず、大人しく運ばれるべきだったのだろうか……だが、そう考えると途端に、強烈な苛立ちが頭を支配するのだ。


(やってしまったものは仕方ないではないの)


単純に結論付け、エイレンは先を急ぐ。

尖った石をうっかり踏んでしまわぬように地面に意識を集中させているが、足は既に細かな傷だらけだ。


聖堂が見えてきたところで、一気に駆け出すエイレン。

足の痛みよりも、高揚感が彼女を捕らえている。


一番憎いのは、神殿の女たちの犠牲を知らずにその恩恵を受けてきた者たちではない。

彼らを理解し許してもなお、憎しみが消えない相手は、貴族に王族。

慣習に良心を麻痺させ、彼女らを物のように扱ってきた者たちだ。


―――彼らを出し抜いてやれるかと思うと、楽しみで仕方がない―――


普段の己が決してこのような考え方をしないことを、エイレンは忘れたまま、聖堂の扉に手をかける。


鍵が掛かっていることに気づき、ちっ、と舌打ち。

精霊魔術の文言を口の端に乗せつつ、手をかざす。


指先に宿った、神魔法の冷たい力を、精霊魔術の弱いが温かな力で幾重にも縛る。

道筋を、つける。


エイレンの手から放たれた閃光に、重たい金属の扉は一瞬で、消え去った。


聖堂に入る。

正面に神が座すとされる椅子。

金と紅玉で彩られたそれは今、空っぽであった。


(すぐにコトを済ませてしまわなければ)


神官長と、彼が率いる神官たちはすぐ近くまで迫っているのだ。

神さえ呼んでしまえば、彼らはもう手出しできないだろう。


椅子の前にひざまずき、座面に額をつけ、古式に則りその(あるじ)を呼ぶ。


(これまで、これほどにきっちり呼んだことは無かったわね)

気づいて、くすり、と笑う。


いつでも神様(ハンスさん)は、気軽な掛け声ひとつで必ず、来てくれていた。

傍にいないのでは、などと疑ったこともない……


だが。

(来ないわ)


いくら呼びかけても、神は姿をあらわさなかった。


ついに彼女は立ち上がり、叫ぶ。

「ハンスさん!」


二度、三度と叫ぶが、返答はおろか気配すら感じない。


焦りが高まり、ゆるやかに絶望に染まっていく。


―――見捨テ、ラレタ―――

―――オマエ、見捨テラレタ―――


そうではないわ、とエイレンは呟いた。


胸の奥から湧いてくるいくつもの声が、間違いだということは分かっている。

委ねてはならない。

支配されては、ならない。


(きっとアリーファとよろしくやっているのよ。わたくしのことなどどうでも良いほどに)

冗談めかして、ふん、と鼻で笑ってみる。


その笑みに被さるように、新たな声が湧いてくる。


―――ソウダ、オマエナド―――

―――オマエナド、ドウデモヨイ―――

―――オマエナド、イラナイ―――


「違う!」叫んで、頭を振る。

そもそもが、必要とされたい、などと考えたこともない。

見捨てられる、という感覚自体がおかしいのだ。


―――オマエ、ナド―――


「違う!違う!違う!」

エイレンは、胸を何度も強く叩く。


(このような情けない思考は、わたくしではないわ)


滅ぼさなければ、と思ったのが、霊鬼の影響か否かは定かではない。


しかし、それは簡単にできるはず。

輿を壊し、扉を壊したように。

大切でないものを壊すことなど、簡単なのだ。


精霊魔術の文言を唱えつつ、指先に意識を集中させる。

眩しいまでの、神力の発露。


―――オマエハ見捨テラレタ、必要ナイ―――


エイレンはそれを、うるさくざわめく己の胸に、静かに撃ち込んだ。

読んでいただきありがとうございます!


どうやら(1)up後寝落ちてしまったようで、(2)(3)のupが遅れました。すみません。

そして、慌てて(2)(3)upしたがために、順番が逆に……すぐ直したから、読んでいる方はいないと信じてます(笑)


いつも読んでくださってる方、ブクマ評価してくださっている方、ありがとうございます!

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