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7.お嬢様はお泊まりをする(3)

夢を見るのは嫌いだった。


夢の中で彼女はいつも無力なこどもだ。そして、いつも何かに追われて神殿の塔を上る。終わりなく上り続けなければ、墜ちてしまう…何も無い場所へ。


これは夢なのだから早く醒めなければ、とエイレンは何度も思い、しかし囚われたまま目覚められない。


夢の中のこどもは誰にも助けを求めず、息がきれても上りつづける。


――額に冷たい水滴が落ちたのを感じ、彼女は足を止めた。水滴は2滴、3滴と数を増やしていき、ついには雨となって降り注ぎ、塔を溶かしていく――


目を閉じて全身に雨を浴び、再び目を開けた時、見えたのは隙間なく並べられた木の天井板だった。


湯を沸かしているのか、空気はやや湿って温かく、かすかに薬草の匂いが混じっている。


エイレンは起き上がり、周りを確認した。


石造りの部屋は、ただの民家では有り得ない。その上に天井、床、壁の主立った部分を木材で目張りしてあるのはかなり贅沢な造りといえる。


部屋の中央には炉が切ってあり、薬草をぞんざいに突っ込んだ鍋がクツクツと音を立てて煮えていた。薬草は壁際のところどころにも干してあり、それぞれ独特の匂いを放っている。


部屋の四隅には蝋燭ではありえない青白い明かりが灯っていた。あまりの珍しさに、エイレンはその石の名を呟く。


「透輝石…」


昔、神殿の宝物庫で見つけたそれに付けられた木片の説明書きには『精霊魔術により光を放つ』とあった。


とすると、ここは精霊魔術師(まじないし)の館か。主の姿は見えない。


そろそろと折れたはずの腕を持ち上げてみる。


(治っている…)


若干の痛みは残るものの、腕は滑らかに動く。眠っている間にリクウが治癒を施したのだろう。


(あの人らしいわね)


よほど長い間眠っていたのか、腕を鼻に近づけると少しニオった。髪もなんだかベタベタする。鍋の湯を借りて少しサッパリしたかった。


エイレンはふらつく足で布と器を探し出した。簡素な部屋の壁際にはチェストが2つ、開けると案の定、1つは布製品で1つは食器類が入っている。


(借りれそうなのは…下着…は大きさはいいのだけれどダメね)


結局取り出したのはこの辺りでは珍しい綿のハンカチと陶製の大鉢だった。鉢の底には角の生えた蛇のような、不思議な生き物が描かれている。


エイレンは鉢に湯を注いだ…だけ、だったはずだ。それ以外のことは何もしていないのに、急に鉢が激しく揺れ出した。


(何かしら)


どんな攻撃がきてもかわせるように身構えていると、にょろりと鉢の底の絵が動き出し実体化する。


その頭に角の生えた爬虫類らしき生物は、鉢のフチから顔を出し…


「あつすぎるわい」


たったひと言、そう発して再びパシャンと湯の底に消えていった。


(なに、いまの)


驚きをほとんど顔に出さず考えていた時、部屋の扉が開いた。リクウが帰ってきたのだ。


「おや起き上がれましたか…っ!その鉢!水入れないで下さいね!」


「もう遅いわ…いま何者かに『あつい』とか文句を言われたところよ」


「あ、戻ってますね…お湯だとこうなるのか」


リクウは鉢を確認し、ほっと息をはいた。


「こうなるのか、ではないでしょ。今のはなに」


「水鬼です…悪さばかりするんで先々代が封じたと聞いています」


「驚いた。そんな存在(モノ)、おとぎ話だとばかり思っていたわ」


「まぁ、滅多に現れるものではありませんからね。僕も会ったことないですし」


それにしてもどうして、こんな鉢なんかに封じたんでしょうかね。水いれたら蘇っちゃうってのに。


ブツブツ言いながらリクウは鉢の湯を捨てる。


「風呂はあっちですよ」


「ありがとう」


風呂までついているとは、この館はやはり、かなり贅沢だと言えそうだ。


浴室は神殿と同じ蒸し風呂で隅に石を焼く(かまど)(しつら)えられていた。薪を燃やして石を熱し、その上から薬草を煮出した湯をかけて使う。


エイレンはリクウに確認した。


「薪は使ってもいいのよね?」


「どうぞ。温まった方が良いでしょう」


「もったいないから、一緒に入る?」


一瞬の間を置いてリクウの返事が聞こえてきた。


「いえ、僕はいいですからごゆっくりどうぞ」

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