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6.お嬢様は遠足に行く(1)

訪問下さりありがとうございます。

今回(3)前半に濃いのか薄いのか判定微妙なイチャイチャが入っております。

苦手な方は飛ばしてくださいませm(_ _)m

王都を横切る川に注ぎ込む支流を北に(さかの)ぼれば、その流れは徐々に細く、早くなっていく。


ざぁぁぁぁぁ、と音を立てる小川の脇道をたどっていた3人の旅人はやがて、ブナの森へと入る。

ブナの木は葉が落ちて、森には明るい光が差していた。


「ここを抜ければセッカです」


「知っているわ」「神殿のワイン醸造所があるんだよね」


リクウが2人の弟子に説明すれば、エイレンとアリーファは口々に答える。


「よくご存知だこと」


「神殿印の特級ワインはウチでも少し、扱っていますから!」


ウチとはアリーファの実家の流行品店である。

冬の間に積もる雪を利用して醸造するワインはクセが少なくまろやかで、貴族にも金持ちの庶民にも人気があるのだ。

数が少なく、そのほとんどが王宮と信仰心の厚い金持ち(パトロン)に捧げられるため、一般にはほとんど出回らない。


「ご実家もあなたも信仰心が厚かったわね、そういえば」


「えへ」


もとはと言えばアリーファの『一の巫女』追っかけから始まった信仰心であったが、今や実家の両親は立派な信徒である。

厚い信仰心の分のリターンは、それなりにあるのだ。



「しかし……」リクウが空を見上げる。

「天気が良すぎますね」


とんでもない悪天候から始まった旅が嘘のように、ブナの森は光にあふれて穏やかだ。

勢い良く水の流れる川の上には楓が枝をのばし、紅く染まった葉をハラハラと落としている。

川辺に散った紅葉の下の地面は、黒い土。


「本来なら今頃は、雪が積もり出すはずね」エイレンがほんの少し、眉間を狭くする。

「これも結界の影響かしら」


「そうとは言い切れませんがね……遅れているだけかもしれない」


「去年までなら、遅れるということ自体が有り得なかったのよ」


聖王国の気候はこれまで、神によって完璧に守られてきた。

雪が降り、深く積もり、また溶け出す……それは毎年決められた時期に当然のように起こることであり、人々はそれに従うだけで良かったのだ。


「アリーファ、ダンナ様にもう少し働くように言ってちょうだい」


「ハンスさん今でもかなり忙しそうなんだけど……て、ダンナ様違うからっ」


「そろそろ慣れればよろしいのに」


毎回顔を赤くして慌てるから、いつまでもからかわれるのである。

からかい返してもムダなことは経験済みなので、アリーファは話題を戻す。


「遅れると色々困るね。ワインの醸造とか、野菜の保存とか、夏に氷が食べられなくなるとか!」


「もともと夏に氷が食べられるのは、あなたのような金持ちだけだから全くかまわないけれど」


それより、1番の問題は水だ。


一見、人々の暮らしを閉ざすように思われがちな雪だが、実は貴重な水源なのである。

冬の間に積もった雪が溶けて豊富な地下水となり、雨の降らぬ夏に畑と人々の暮らしを守るのだ。


しかしアリーファにはエイレンの発言が刺さったらしく、ブツブツとぼやいている。


「ナニ金持ちの人権無視のそのセリフ」


「わたくしが無視しても金が守ってくれるでしょう?」


「そんなこと思ってたなんて……これまでのお布施返して」


「お布施分、神殿印特級ワインの小売でじゅうぶん返しているでしょうに」


「このまま雪が降らなかったら来年のワインどうしよう」


「だからダンナ様をせっつきなさいって」


結局はそこに戻る、エイレンとアリーファである。

そんな会話を黙って聞いていたリクウが、不意に「おや」と声を上げる。


「こちらの里神様がお出迎え下さっていますよ」


見れば、葉を落としたブナの木立に見え隠れするようにして、大きな狼がついてきていた。


アイスブルーの瞳が、王都の森の狼を彷彿とさせる。銀の毛皮に覆われたしなやかな身体。


「ふわぁぁぁ……触ってもいいかな」


アリーファは近付き、フワフワと長い毛に手を伸ばした。

おとなしく毛を撫でられている狼の口元に気付き、エイレンは顔をしかめた。


「もしかして、何かくわえているのかしら」


「よく気付きましたねぇ」のんびりした口調を心掛ける、リクウ。


狼の口からはみ出ているのは、目には見えない大きな蝶のような(はね)だ。


「―――霊鬼ですよ」


「ええっ」


慌てて狼から離れるアリーファを、大丈夫、となだめる。


「憑かれているのではなく、狩ったのでしょう」


「食べるの」


「食べるというか、浄化ですね。これができるのは里神だけです」


「え、でも浄化なら」アリーファは不思議そうな顔をする。

「エイレンもしてたよ」


リクウがハタ、と止まった。


「本当ですか」


「ええ。でも食べたワケではなくてよ」


「食べるとか恐すぎるから」


ツッコミを入れるアリーファに、あらでも、と普通に返すエイレン。


「あのサナギとか、意外と食べられるのではないかしら。今度やってみましょうか」


「いや無理エイレンだけ食べて」


「そうね、あなたは普通のヒトだから、消化不良を起こすかもしれないわね」


「いや誰でも消化不良になるって。ていうか、その前に、気持ち悪いからそれ」


「輪切りにして塩とハーブを振ってソテーすれば美味しいかもしれないわよ」


笑った方がいいんだろうか、とアリーファはエイレンの真面目くさった顔を眺めた。


この友人は時々、非常に分かりにくい冗談を放つのだ。そして、それがしばしば意外と本気であったりすることを、アリーファはもう知っているのである―――

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