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3.お嬢様はお嬢様に話し掛ける(3)

『アリーファ流行雑貨店』


―――愛娘の名を掲げ、それに恥じぬよう洒落た人気店として守り立ててきたその店の奥の、応接間。


そこで、ダィガはあまりのことに言葉を失っていた。


「アリーファ、今何と?」


「だからハンスさん」


「いやその後」


「神様?」


ケロリと言い切る愛娘の横では、ムカつく泥棒……イヤイヤ客人が、やはり唖然としている。


つい先程、似合わない古式のマントに身を包んだその男は、神魔法士だと自己紹介したばかりだった。


「実はアリーファさんとお付き合いさせていただいていまして」


反射的に店の外に押し出してピシャンと戸を閉めそうになるのを、押し止めたのは妻のアイラである。


「あの子は私たちのモノじゃないのよ」


「じゃあこの男のモノだとでも?」


「さあ?」アイラは微笑んだ。


「それを決めるのは、あの子自身でしょうよ」



だがしかし。帳面整理の手伝いを一段落させてやってきたアリーファは、あまりにも明け透けに、聞いていなかったことまで言い切ったのだ。


神様、どころか。


「「結婚前提!?」」


うっかり自分とハモった男を、ダィガはジロリと睨む。


「おや、ご存知なかったのですか?」


「はい……今仕事が忙しくて、まだ求婚などはできていないはずなのですが」


しょぼんとしながら言う男の歯はわずかな光を浴びて白くキラリと輝き、確かに神々しいと言えないこともない。


それに何より、神様と言われればついすんなり納得しそうになる雰囲気が、いかにも神様っぽい。


そして、ダィガの愛娘は嘘を言ったり妄想で喋ったりはしないはずだ。


だがしかし。

神様がしょげるのか?

神様の忙しい仕事ってなんだ?


はるかな昔の神話の記憶を辿れば、純情な乙女達をあの手この手でコマしていたような……


「断じて許さんっ!」


求婚がまだだと言うなら幸いである。


神様?そんなの関係あるか!

神魔法士だろうと神様であろうと、愛娘を無下に扱う輩は許さない。


「お帰り下さい!ウチの娘には2度と会わなくて結構です!」


わっ、と泣き出したのはアリーファだ。


「お父さんなんか、大嫌いぃ!」


「まぁまぁ」


ヨシヨシ、と娘の頭を撫でる神様(?)の大きな手が、真に慈しんでいるのだと伝えている。


(親の目の前でそんなことするな!)


見せつけているのかコラ、という苛立ちを感じ取ったかのように、男はアリーファから手を離し、もう1度丁寧に頭を下げた。


「今日のところは、失礼します」


とても神様とは思えない礼儀正しさである。


そのまま、しっかりした足取りで戸口から出て行く―――


(もう来なくていいぞ!)


追い払ってやった、と内心で快哉を叫んだ時、ダィガは愕然とした。


「あ、待って!」


愛娘が男の後を、慌てて追っていくのだ。


その背中を呆然と眺めながら、ダィガは滂沱(ぼうだ)の涙を流した。


昔は「お父さんと結婚する♡」とか言ってくれていたのに―――


そんな夫の背を、アイラが優しく撫でる。


「成長しましたわね」


しみじみと言われても「そうだな」などと頷くことはできない。

ダィガの恨めしげな顔を見て、アイラは幸せそうに微笑んだのだった。




「ハンスさん!」


アリーファの声に、神様は転移の術を止める。


息を切らして追いつき、着慣れない神魔法士のマントの裾をきゅっと掴んでくるのが可愛すぎて、ハンスさんは思わず少女を抱きしめた。


「怒ってたんじゃなかったのか」


アリーファの両親(父親)の反応は予想通りだったが、本人の発言には、さすがの神様も驚いたのだ。


「焦ったぞ?いきなり俺のことバラすし」


「だってこれから、長い付き合いですから」


肝心なのは立ち上がりだ、と思うアリーファである。


「結婚前提、とか言うし」


「え?してくれないの?」


戸惑ったように大きく開かれた緑の瞳に見つめられると、このまま連れ去ってやろうか、という気になってくる。

そこを抑えて、もう一度尋ねるハンスさん。


「怒ってたんじゃなかったのか」


アリーファの顔に、ほんの少し紅が差す。


「だって寂しかったんだもん」


「不潔で変態の浮気者でもか?」


やや意地悪くそうでも問い返さねば、己がこのまま何をするか分かったものではなかった。

神様は堪え性がないのである。


対する少女は、眩しいほどに真っ直ぐだ。


「そうならないよう、頑張ってくれてるんでしょ?」


5日の間ゆっくりと落ち着いて考えてみて、そう気付いた。


それなら、伝えることはただ1つだ、とアリーファは思う。


「信じてるから」


1つの言葉に、全ての気持ちを乗せる。

希望も、嫉妬も、疑いも。

目を背けたくなるような汚い心と、溢れるような愛しさを、全て。


アリーファが好きな神様は、そんな言葉が伝わるひとなのだ。


ハンスさんの笑顔が弾けた。


「まっかせなさぁい!」


神様は、無駄な上腕二頭筋を披露しつつ、ドン、と胸を叩いてみせたのだった。



※※※※※



その夜。


「ねえエイレン」


アリーファはベッドに寝転び、青いドレスで着飾らせた人形に話し掛けていた。


エイレンの魂が移っているはずの人形を着換えさせて髪を結うのが、実家に帰って以来の日課になっているのだ。


ダナエのようには上手にできないけれど、髪もなるべくドレスに似合うように工夫している。

今日は下の方で編み込んで白いドライフラワーを刺した力作だ。

時間はかかったが、やはり「わたくしには似合わないわね」という憮然とした声が聞こえてくる気がどうしてもして、思わず頬を緩めながら作った髪型だった。


その髪型を壊さないよう、そっと撫でつつ、アリーファは言葉を継ぐ。


「エイレン、今日ね、ハンスさんが来たんだよ……それでね、頑張るって約束してくれたよ」


これまで一般の民には知らされてこなかった、代々の神殿の巫女の犠牲。


エイレンはずっと、それと闘ってきたのだと思う。


「でも、私たちのために、もう1度戻ってくれようとしたんだね」


―――エイレンが精霊魔術師(まじないし)の館に戻っていた僅かな間、アリーファが聞かされたのは聖王国の未来についてばかりだった。


「邪魔するものは何であろうと全力で排除するわ」


瞳を爛々(らんらん)と光らせながら宣言する巫女の口からは、個人的な話は一切出てこなかったのだ―――



「でもね、私はエイレンと恋バナとか、そういうのがしたい。あと、2人で精霊魔術師(まじないし)としての仕事も受けたいし、それから、また一緒に、ゴハン作って食べたいな」


ほら、また「あなたまだ野菜切れないの?呆れた子」とか、そんなことを言われている気がする。


「だから、帰ってきてよ。一緒に、信じて待とう……ううん、違うな」


アリーファは少し首を傾げて考え、もう1度口を開いた。


「私も、できることがないか、頑張って考えて、やってみるから!」


微笑の形をした人形の口からまた「あなたでは大したことないわね」という悪口雑言が流れてこないかとアリーファは耳を澄ませ、そのまま、やがて深い眠りに落ちていった。


読んでいただき有難うございます(^^)


最近更新押し気味で申し訳ないながら、ボチボチと見て下さっている方がいて励みになってます。

読んで下さっている方、ブクマ評価付けて下さっている方、本当にありがとうございますm(_ _)m


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