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2.お嬢様は迷っている(3)

精霊魔術師(まじないし)に特有の丈の長いコートを着たままで、リクウは透輝石に青白い明かりを灯していく。


明かりが増えるに従い、薄暗い館の中が徐々に息を吹き返す。


炉傍ではアリーファが、火に掛けられた鍋を掻き回している。スープに干した肉にキノコ、それに香草とラデイッシュ丸ごとが、豪快に浮き沈みしていた。


「師匠、夕食スープとパンでいい?」


なんとなく投げやりな問いにも「準備ありがとうございます」と答えるリクウ。


「またすぐに出なければならないのでパンは後でいいですよ」


帰宅した時に館の前で待っていた農家の使用人が伝えてきたのは、種蒔きの準備が終わっていた畑を荒らす怪物についてだった。


人への直接的な害はまだ無いものの、なるべく早く対処しなければならない。


例年であれば単純な収穫や保存食(クェルガ)作りの手伝いに終始するのんびりとした秋は、今年はどうやら、期待できそうになかった。


「一緒に行く!」


「いえ危ないですから、すみませんがこちらで自習しておいて下さい」


「えー!?」


師匠(リクウ)の言葉にぷうっと口を尖らせるアリーファだが、「エイレンももうじき帰ってくるでしょうし」との言葉にやや機嫌を直す。


「今日こそは食べさせる!」


「そうそう、そのイキです」パチパチとリクウが手を叩く。


しかし。


「あーごめん、それちょっと無理かも」


脳天気な声と共に、いきなり居間に現れるハンスさん。その腕には意識を失いグッタリとしたエイレンが抱えられている。


「肋骨折ったんで治療ヨロシク」


「エイレン!」アリーファが慌てて立ち上がり、駆け寄った。


「気絶してるなんて……痛かったんだね」


「あーそれ違う」ぶんぶんと首を振るハンスさん。


「どうしても精霊魔術師(まじないし)の治療イヤがって『施療院でじゅうぶん』とかゴネるから、気絶させて連れてきたんだ」


「な、なんてっヒドいマネをっ」


「えーそこはグッジョブって言ってくんない?」


とりあえず、とハンスさんはベッドにエイレンを寝かせながら答えた。


施療院だと完治に何ヵ月かかることやら、というボヤきを耳にしつつ、師匠(リクウ)は何やら思案顔である。


「……そこまで嫌われることした覚えがないんですが」


その肩をポン、と力強く叩き「まぁせいぜい悩め」と(うそぶ)くハンスさん。


「けど、まずは治療してからな!」


「先に畑の方に行きます」


「冷たいヤツだなおい」


「土鬼を早く封じてしまわないといけませんから」


骨折は逃げないが、巨大イモムシは逃げる。そしてまた、被害が広がる。


「冷たいヤツだな」もう1度言いつつ、ハンスさんはリクウのコートの裾を捕らえた。


「特例だ。送ってやるから、触るなよ」


「はぁ……どうもすみませんね」


穏やかな声だが絶対に『すまない』などと思っていない口調で師匠(リクウ)が言い、2人の男の姿が消える。


「なによっ」残されたアリーファは彼らが居た辺りを睨み、ぶつくさとひとりごちた。


「そんなの、治してあげる方が先に決まってるでしょ!?」


目の前にケガ人がいるのに、仕事優先とか有り得なくない!?ハンスさんどうしてもっとちゃんと止めないのっ……


イライラした気持ちを抱えてエイレンの傍に行き、眠っている顔を覗き込み、眉間に少しだけ寄っていた皺をそっとのばす。


きっと、気を失っていても、痛いに違いないのに。


治療くらい、師匠ならちゃちゃっとできるに違いないのに。


(あれ?)ここで、不意にアリーファは気付いた。


(じゃあ、私は?)


地道に修業を積んで、精霊魔術(まじない)の複雑かつ繊細な発音にもかなり慣れてきた。


(もしかして、ちょっと頑張れば、私にだって治せるんじゃない!?)


師匠ほどには完璧でなくても、きっと痛みをラクにしてあげる程度ならできるはず。


そう考えたアリーファは、透輝石の松明を手に書庫に向かったのだった。




※※※※※




精霊魔術師(まじないし)の手から放たれる無数の蔦が地面の中を這い、潜んでいる土鬼を探す。


目を閉じて手先に神経を集中させていたリクウが、再び目を開けて蔦を引いた。


土の中から、蔦に絡み付かれてギィギィと呻きつつ身をよじる巨大なイモムシが現れる。


「3体もいるとは」


思わずゲンナリして呟くリクウをしりめに、ハンスさんは次々とそれらを蹴飛ばし、足で踏み付け、土に返していく。


「ちょっとそれは」咎めるリクウに「無問題(モウマンタイ)!」と爽やかに返す神様。


「ほらさーちゃんと土に返してやった方が、封じるよりむしろ親切だって!」


「…………そうかもしれませんが」


ポケットの中の封玉をガチャガチャと鳴らしつつ、リクウはしぶしぶ認める。


精霊魔術師(まじないし)が邪鬼を封じるのは、それができる精一杯であるからで、そもそもが慈悲心などではない。

狭い場所に何十年何百年と閉じ込められて生きながらえるよりは、形と意思を持つ以前の姿に戻った方が確かに、マシなのかもしれないのだ。


「そうだって!」神様はバン、とリクウの背を叩き、そのコートの端を持つ。


「さて、と。帰りも特例だ。帰ったらさっさと治療してもらうぞ」


「もちろんですよ」



こうして、異例の速さで土鬼退治を終えて館に戻ったハンスさんとリクウが遭遇したのは―――


アリーファの、涙でグチャグチャになった顔と小さな人形、古い書物、そして明らかに生気の感じられないエイレンの姿だった。


「痛みを、人形に移す精霊魔術(まじない)をしていたら、急に様子がおかしくなって!」


泣きながら「ごめんなさい」と繰り返すアリーファをハンスさんが抱き寄せ、背を撫でて宥める。


「大丈夫だ、死んじゃいないから」


「その通りですよ、アリーファさん」リクウもなるべくのんびりとした声を出す。


「魂がちょっと人形の方に移ってしまっただけのようですから」


「ある意味すごい才能だぞ!」


「ここでそんなこと言われたくないぃぃ!」


ハンスさんの褒め言葉にまともな反応を返すアリーファであるが、確かに『すごい才能』は言えなくもない。


魂を人形に移すなど、 もはや禁術のレベルである。

何をどうやったらそうなったのかは謎であるが、普通なら『ちょっと間違えましたテへ(笑)』ではそんなことは起こり得ないのだ。


「とりあえず元に戻さなければいけませんね」


集中したいので、とハンスさんとアリーファを追い払い、リクウは改めて魂の無い身体と向き合った。


心臓がかろうじて動いているのは、神力が体内に残っているおかげだろう。しかし魂が抜けたままの状態が続けば、それもやがて止まってしまう。


一方で魂は、もし人形にとどまりつづけるならば、やがて人であったことを忘れてしまうだろう。


(急がなければ)


微かに打ち続ける心臓と、魂の宿った人形の上に手を置き、目を閉ざして精霊魔術(まじない)の文言を唱える。


迷った魂に、本来宿るべき場所を教え、導く。


少しばかりの時が経ち。


リクウは困惑して目を開けた。


「―――戻らない―――」


魂の無い身体の中で、心臓はまだ、微弱な鼓動を繰り返していた。

読んでいただきありがとうございます(^^)


呆れるほどに更新押し気味ですが、その間もボチボチと読んで下さる方がいて励みになってます。


読者の方、ブクマ評価つけて下さる方、皆様に感謝ですm(_ _)m


では、お天気悪いので外出の際はお足元おきをつけて~

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