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1.お嬢様は想い出を抱きしめる(3)

聖王国では、何かが起こりつつある。

それはまだ、市井の民には知らされていなかった。




「エイレン、また出張?」


アリーファは不満げに口を尖らせた。


王都郊外の精霊魔術師(まじないし)の館で、エイレンはせっせと旅仕度中である。

何やら使者の役目だとか工場建設だとかで忙しかった彼女が、やっとその任を解かれて半年ぶりに一緒に暮らし出したというのに。


しかも、なぜだか以前とは違い、居間ではなく離れの方でアリーファと共に寝起きしてくれるようになったのに。


3日と経たないうちに神殿から遣いの者がきて、少々話し込んだと思ったら、これである。


「長居はしないと思うわ」着替えと薬をリュックに詰めつつ、エイレンは説明した。


「ちょっとした掘削作業を手伝うだけだもの」


先に派遣した鉱山技師の報告によると、ミスリルの鉱床に行き当たるまでにかなり大量の土を掘らなければならない、とのことだった。

採掘に行き着くまでに予定より時間がかかる見込みである。


そして、まだあまり直接的な被害は出ていないものの、謎の生物が作業を邪魔しているのだという。

掘り進めた土がいつの間にか元に戻っていたり、作業員の足をとって転ばせたり、という他愛のない悪戯であるが、続くと全体の士気にも関わってくる。


「早く帰ってきてね!」と念を押され、「できればね」と答えて戸を開ける。


「ハンス」呼ばわりかけてエイレンはふと、アリーファを振り返った。


「少し旦那様をお借りするわね」


「べ、別に旦那様じゃないし!」


狼狽(うろた)えて赤くなる、という予想通りの反応に聖女スマイルを浮かべつつ、もう1度呼ぶ。


「ハンスさん!」


「はいよ」


いつもながら素早い反応である。

無駄な筋肉をひけらかしつつ現れる神様に、挨拶抜きでサクサクと用件を伝えるエイレン。


「ちょっと国境近くの鉱床の方に連れて行って下さらない」


そこまで言ってまた、ちら、とアリーファを振り返る。


「そうそう、その前に、わたくし、雑草を抜く予定だったのだわ。師匠から頼まれていたのに、もう少しで忘れるところだった」


長い説明を棒読みした後「少し待ってらして」と返事も聞かずに館の外に出ていくエイレンを見送りアリーファは呆然と呟いた。


「なにあれ」


理由が取って付けすぎ、である。


「気を遣ってるつもりなんだろうよ」


照れるなぁ、と頭を掻く齢千年超しのバツイチ神様。


「えーとその」アリーファの肩をそっと抱き寄せ、明るい緑の瞳を覗き込む。


「………キスしてもいい?」


げし、と肘が柔らかくハンスさんの腹に入った。


「うぐっ……こ、心が痛い!」


「聞くな察しろ」


「はいはい」


「はい、は1回でしょ!」


「へーい」


アリーファはもう1度、恋人の腹に肘鉄をかまし、恥ずかしそうに目を閉じたのだった。



そして少しの時が経ち。


「痛いっ……主に心がっ」


涙目で口を押さえつつ扉から出てきたハンスさんにエイレンはちらっと目を向けて手から土を軽く払い、優雅な仕草で差し出した。


「感動の別れが済んだところで、さっさと連れて行っていただけるかしら」


「はいよ」エイレンの手を取りつつ不思議そうな顔をするハンスさん。


「つっこまないのか?」


「あら、どうしてそのような分かりやすいことをわざわざ」クスリと笑い、スラスラと述べる。


「舌を入れようとして半ば成功したけれど途中でハッと気付かれて噛まれた揚げ句に口を引っぱたかれた、など」


「覗いてたのか」


「あらこのわたくしが?」


「いやそんなワケ無かったスマン」


「よろしい」


2人の姿が、空気に溶け込むように消えていく。


「その様子だと、まだアリーファには言えていないのね」


「普通言えるか?」


「後でバレて泣きながら『もう絶交!』と怒られる方が良いかしら」


数瞬の後には、エイレンとハンスさんは国境近くの高原にいた。

天幕(ユルト)が立ち並び、その向こうでは大勢の男たちがツルハシを手に黄褐色の土を掘り返している。


掘られた土は麻袋につめられて積まれていくのだが、作業が捗っているようにはみえない。とりあえず、と手を振って、神様は積まれた袋を都郊外の工場建設予定地へ移動させる。


「いっそ隠し通すか」


「それもそうね」エイレンは頷きつつ、でも、と言葉を継ぐ。


「以前にわたくし、中途半端にあの子に側室の役割について話したのよね」


その役割とは、神から国王へ力を媒介することである。


聖王国に戻り、帝国からの使者の役割を返上した今、エイレンの側室入りの話は具体的なものになりつつあった。

神官長が「すぐにも」と急くのを、神様が「まだ何とかなる」と止めている状態だ。


「……とにかく、もう少し待とう」ハンスさんが珍しく、日焼けした筋肉に似合わない渋面を披露した。


「俺の口からアリーファにはとても言えん。他の方法を考える」


これまで色々と試した方法は、どれもうまく行かないものばかりだったが。

ふううう、と深い溜め息を吐き出す神様に、エイレンは思い付く限りで最も簡単な策を叩きつける。


「こうなったらもう、あなたが美女に化けて国王(ディード)を襲うしかないわね?」


ブルブル震えるハンスさん。


「スマンそれだけは無理絶対。それにアリーファにバレるのもヤダ」


「きっとあの子なら、義務で男を襲うくらい泣きながらOKしてくれるわよ」


「……とにかくもう少し待てよ。なんとかするから」


不意に天幕(ユルト)の向こうから『ああっ!』『こいつめ!』という怒号があがった。見れば、地面が物凄い勢いでもりあがりつつこちらへ移動してきている。


すかさず神様が土中に手をつっこみ、ソレを捕まえる。ギイギイと悲鳴を上げウネウネと暴れる巨大なイモムシだ。

身をよじって手から逃れようとするソレに神様がふうっと息を吹きかけると、巨大イモムシはシュッとしぼんで普通のイモムシになり、足元に落ちた。


容赦なく踏みつけ、土に還す。


「土鬼ね。やはり露天掘りにしておいて良かったわ」


記録によれば、坑道の落盤事故などは結構な確率で土鬼の仕業である。

採掘法を露天掘りにしたからこそ、大した被害が出ずに済んでいるのだ。


「ああ。成長する前で良かった」


土鬼は成長するとサナギになり、孵化して目には見えぬ霊鬼になる。気付かぬうちに人に取り憑き狂わせる、それが最も厄介だ。


「どれくらい発生しているのかしら」


眉をひそめるエイレンに「ゴート港ほどじゃない」と返すハンスさん。


「こっちは割かしきっちり守っているからな」


「信用するわよ」


「任せろ」


若干、元気を出して上腕二頭筋を無駄に見せびらかす神様に微笑み、エイレンは採掘場へと近付くと作業員たちを追い払う。

これから、神魔法であらかたの土を削り取り、中に潜む土鬼を狩るのだ。



黄褐色の大地の上に立つ軍服姿の巫女が、詠唱を始める。歌うような声とともに、風が干涸らびた土を叩きはじめる。

(いにしえ)の言葉で紡がれる歌の高まりにつれ、風は次第に強く、鋭くなっていく―――


ごうっという強い音が響き、旋風が地面を抉りとった。土を巻き、天幕(ユルト)を飛ばして天へと駆け上る。


バラバラと落ちる土の中に蠢くものを見つけたハンスさんが、それをグリグリと踏み潰す。


2度3度とそんな作業を繰り返すうち、掘削予定地の上の土は掘り尽くされた。


「ここまですれば、かなり作業はラクでしょう?」


初めて見る聖王国の神業に固まっている鉱山技師2人に、エイレンはニコヤカに話し掛けた。


「後は火山灰土を回収して、鉱石を探しつつ階段を整えるだけ、よね?」


「……ええ確かにそうですが」なんとか衝撃から立ち直り、重々しく頷くのは2人のうち年嵩(としかさ)の方の技師、アウラトゥスである。


「今度はあちらの方に、少々問題が」


アウラトゥスが指し示す方向には、土にまみれた天幕(ユルト)村の残骸があったのだった―――



「まぁ、マシだよな。ほい、そっち持て」


「よし。あの巨大イモムシは退治できたし」


「掘削もかなり進んだもんな」


夕闇の中、喋りながら「はい、せーのー!」と作業員たちは天幕(ユルト)を建て直す。


その中に混じり作業をしていたエイレンは、ふと手を止めて、南を遮る火山を見た。


「どうしました?」アウラトゥスが尋ねるのに、何でもないわ、と応える。


「ただ、あの山の向こうが少し気になっただけ」


「ああ」アウラトゥスが火山に目を遣って頷く。


「あちらは帝国ですね」


「懐かしい?」


「それほどでも」


鉱山技師の仕事は、どこでも似たようなものである。効率的に採掘できる場所を見定め、安全を確保しつつ掘り進めて鉱石(たから)を得るのだ。


良い鉱床があるのなら、そこが帝国でなくても構わない、とアウラトゥスは思っていた。


「失礼だがあなたの方が懐かしそうですね」


「そうかもしれないわね」


エイレンは帝国の晴れた空を脳裏に描く。強い光に輝く、鮮やかな、突き抜けるような青。その下で出会った人たち。


いつも傍に居た人にした「また会いましょう」という約束が、必ず果たされるワケではないことを思えば、どのような想い出も、ほんのわずかに苦くて、痛い。


その痛みが、心の在処を知らしめる。


その痛みがあるから、まだ、生きていけるのだ。


それにこの国にも、帰りたい場所があるから。


「さて、わたくしは帰るわ」


天幕(ユルト)を全て建て直した時には夜中になっていた。


「こんな時間に?」驚くアウラトゥスに涼しい顔で頷き「後をよろしくね」と別れを告げる。


「ハンスさん!」


「はーいはい」


呑気な返事と共に、ムキマッチョの神様はやや疲れた顔で現れたのだった。

読んでいただきありがとうございます(^^)


あれこれ迷って、どうにも筆が進まず更新押しまくってすみませんでした。

そして、その間にもボチボチと読んで下さったりブクマ下さったりする方がいて、これまで見守って下さった方ともども、本当に感謝です!


なんとか完結させる予定ですので、これからもよろしくお願いします~m(_ _)m

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