7.お嬢様はお泊まりをする(1)
姉妹だけありエイレンとファーレンは顔立ちが似ている。細い眉と切れ長の目、通った鼻筋に口角の上がった艶やかな唇。
しかしエイレンの口元が意志の強さを表すようにきっと結ばれているのに対し、ファーレンのそれは常に微笑んでいるようだった。
2人ともすらりと背が高いのに、醸し出す雰囲気も対照的だ。エイレンが殺気と神魔法の力を空気のように身にまとう戦士なら、ファーレンはスプーンより重い物など持ったことのないような姫君である。
エイレンに言われるままに銀10枚を渡すと、ファーレンは再び窓辺に腰を下ろした。星のようなプラチナブロンドに夜闇を映した濃紺の瞳。ため息をつくと、そのまま背後の夜空に消えてしまいそうな儚さだった。
「けれど、本当のところを言うと協力の方は…国王様への口添えだなんて、どこまで分からないわ」
「夜離れされたのね」
ズバリとエイレン。姉妹の遠慮のなさだろうか、普段以上に容赦がない。
「そんなっ、会えばとても優しくして下さるし大切にしていただいてるわ」
「けれど国王様は別のところでお休みになっているわけね…大体ナニそれ。優しくして下さるとか何とか」
「何かいけないかしら?」
「側室の身でそんな甘いこと言ってるから飽きられるのよ」
「飽きられてなんか…国王様はお忙しくてお疲れなだけよ」
「疲れている時に訪ねたいと思えないような側室、王妃が嫁いできたら100%忘れられるわね」
情け容赦ないエイレンの言葉に、ファーレンが涙ぐむ。
「泣いている暇があるなら、わたくし達が前王の側室から教えていただいたノウハウの2つや3つ実践してみなさいな」
「覚えていないわ」
「…そういえば姉上、ちっとも聞かずに頭の中の蝶を追い掛けていらしたものね」
「違うわ、『王様とわたくし・愛のデート編』を妄想していただけよ」
だってあの頃はあなたが側室になる予定だったでしょ、とゴニョゴニョ言い訳する姉にエイレンは冷たい眼差しを向けた。
「姉上がどうしてそう簡単に諦めるのか分からないわ。国王様のこと昔から好きだったくせに」
「だって悔しいとも思えなかったのだもの」
ファーレンは涙目で微笑んだ。
「あなたは誰から見ても素晴らしい、わたくしの自慢の妹だったのよ」
ほめられてもエイレンの表情は変わらない。ただ、その白い耳がほのかなピンクに染まっただけだった。
「とにかく、今の側室は姉上よ。どんな手を使っても寵愛を得なければ」
「エイレン、あなたでもないのに無理よ」
「グダグダおっしゃらないで。できなければ、いつか手練れた女官の子を育てさせられるハメになるわよ」
うっ、と詰まったファーレンに背を向け、エイレンは方法を書いておくわ、と文机に向かった。折れた方の腕がだらりと下がったままなのが痛ましい。
「政治系貴族の情報は覚えたでしょうね。大臣・補佐官たちの名前、家族構成は?」
ファーレンが首を振る。
「では主要どころも書いておくわ…有望株と権威に凝り固まったガンコな方には神殿の特上葡萄酒・薬草酒・香水をことあるごとに注いであげて。誕生日とか記念祭とか昇進とか。とにかくコネを作って足元から固めていくのよ」
エイレンはサラサラと紙に情報を書いていく。その手つきから見るに、どうやら絵入りの解説をしているようだった。
所在なげなファーレンとリクウの目が、ふと合う。
「あなた、どこかで見たことあると思ったら、絶滅寸前の精霊魔術師よね」
「…神殿には僕の似顔絵でも出回ってるんですか?」
「ええ。その通りよ。人畜無害な容姿と人柄で仕事を取っている、はずなんだけど、やはりどことなく胡散臭いでしょう?」
いや同意を求められても。
「それでチェックしていたんですか?」
「ええ。敵になるか味方になるか役に立つのか立たないのかも分からないけれど、神殿としてはどうしても気になってしまうのよね」
10日に1度は要注意人物で絵姿と最近の動向情報が回覧されていたような、とファーレンが呟く。
「それ頻繁すぎませんかね」
「あなたのファンの子達が頻繁に情報更新していたからかも」
「ファンって…」
楽士や俳優でもないのになぜ。ファーレンはクスクス笑って、胡散臭そうな職業イメージと見た目の清潔感のギャップが萌えるそうよ、と言った。
「実はわたくしもファンなのよ…ほらあなた、ちょっとだけ国王様に似てるでしょう?」
いやだから同意を求められても。
「あの子も珍しくあなたのこと気に入ってるみたいだし」
それはどうだろうか。見境なく人に親切にしてしまう性格につけ込まれているだけのような気がするが。
「…いいように使ってる、の間違いでは」
ファーレンがまた笑った。
「確かにあの子は人を利用することはあるけれど、他人の力を当てにするなんて滅多にないのよ?」
「かなり優秀なようですからね」
「確かにそうだけど、もともとは人にものを頼むのがとっても苦手なだけだったのよね…それで、どんどん1人で背負い込むのだけれど、できてしまうものだからあの子」
本当に可哀想よねぇ、とファーレンはしみじみと言う。エイレンは誰から見てもプライドが高く気が強いタイプだが、姉は知っている彼女はそればかりでないのかもしれない。
リクウさん、とファーレンは呼びかけ、両の手でそっと彼の手を挟む。
「わたくし、あなたがあの子といて下さって本当にほっとしたのよ…エイレンのこと、よろしくね」
「わかりました。できるだけのことはしましょう」
どうして自分が、と思わないでもないが、よろしくされるとリクウはつい、こう答えてしまうのだ。
王宮の屋上からのぞむ空は、東の低くからほのかな光が差し始めており、黎明が近いことを知らせている。




