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23.お嬢様はサヨナラを言わない(3)

「すまんな、こちらのお嬢様が『どうしても師匠に早く会いたいわっ』とか言うから」


書き物机に向かうスタイルでペンを持ったままのリクウと、眠そうなアリーファをとりあえず甲板に置き、ハンスさんは重々しく宣った。


「私はっ!?」


不満そうなアリーファにさらりと「それは俺が♡」と言ってほんのり赤面などさせつつ「終わったらまた呼んで」と忙しげに姿を消す神様を見送ると、エイレンは優雅に一礼した。


「このような時間に誠に申し訳のう存じますわ」


会うのは夏以来だったが、その時のわざとらしい他人行儀はまだ健在であるようだ。


「こちらです」監督官のブテノーの案内で、まずは船底に向かうリクウ。

エイレンとアリーファ、ルーカスが後に続く。


精霊魔術師(まじないし)のコートの裾からハラリと白いものが落ちた。


(なにかしら)


何気なくそれを拾い上げて、エイレンは軽く瞠目する。


それは、すでに香りを失ったセンニンソウの押し花の、小さなひとひらだった。




精霊魔術師(まじないし)が舵に、常に正しい方向をとるように願う文言を刻んでいく。船板に精霊魔術(まじない)をかけるのはアリーファとエイレンの仕事である。


アリーファが少しばかり得意そうに唱えてみせた呪文を、エイレンは注意深く聞き繰り返す。


「うそ1回でマスターした」呆然としたアリーファの呟きがおかしくて、エイレンはくすり、と笑う。


「あなたもこの夏でよくマスターできたではないの。頑張ったのね」


「そうそう!すっごい苦労したんだからね!」


胸を張り、その後ガックリと落ち込むアリーファ。


「才能の差……?」


「耳と口の差よ」エイレンは微笑んだ。


「才能ならきっと、あなたの方があるわ」


「そうかなぁ」えへ、と照れるアリーファは次のひと言で爆弾を投げる。


「エイレン優しいね?なんか良いことあった?」


「なぜそんなことを思うのかしらねこの子は」


「……気のせい?」


「決まっているでしょう」


夜で良かった、とエイレンは思った。己の耳が赤くなっているだろうと、わかるから。


そっと軍服のポケットを押さえ、目を閉じて胸の奥の優しい鼓動を聴く。


以前にそれとなく贈った花を、彼が持っていてくれた。それだけで、心が満たされる。


(それだけでいいわ)


そう考えなくてはならないのだ。

己の役割は既に決まってしまっている。それを越えて何かを欲しても、きっと、辛いだけだろう。


(それだけでいい)己に言い聞かせながら、エイレンは仕事を終えた精霊魔術師(まじないし)に、もう1度優雅な礼を披露したのだった。



※※※※※



船にかけた精霊魔術(まじない)の効果はなかなかのものだった。

ズルズルと動く黒い物体は、時折まだ桟橋などで見掛けるものの、軍船には上がってこなくなったのだ。


おかげでマストの修理はその後1日で済み、さらに翌日には出港を控えた夜。


ルーカスは柔らかな重みで目を醒ました。そして、目を3度こすって確認した。


腹の上に、シンプルなネグリジェを纏ったエイレンがいる。


夢か?とガチで頬をつねってみる―――痛かった。


ごめんなさいね、とエイレンは言った。


「あなたの貞操をなるべく守って差し上げたかったのだけれど、やはりキスだけではなかなか難しいわ」


「……何をする気だ」


掠れた声で尋ねると、怖がらないで大丈夫よ、と軽やかに返される。


「航海中、結界をもたせるために、わたくしの神力の全てをあなたに引き渡します」


言葉を切り、夜具をめくる。暗がりの中で底光りするような蜜色の瞳が、無表情にルーカスに告げた。


「じっとしていれば、すぐに済むわ」


そのまま、彼の服を剥ぎ取りにかかる手を、辛うじて掴んで止める。


「ルーカスさん?」訝しげな声。


「仕方ないでしょう?観念なさいな」


「わかっているが……頼みがあるんだ」


おそらく彼女は、無邪気に首を傾げているのだろう、と気配だけでそう思う。

それに比べ、自分のなんと浅ましく狡いことだろう。


「恋人を抱くように、しても、構わないだろうか」


「2つ問題があるわ」少し困ったような響きを帯びた声が、心地良く、罪悪感に拍車をかける。


「まず、その間わたくし別の方を想っていると思うわ」


「知っている」言い切って気まずくなり「済まない」と付け足すと、彼女の声はますます困惑した。


「それに、そのようにするのは、どうしていいか分からないわ」


もう、限界だった。

たまらなくなって抱き寄せ「なにもしなくていい」と囁く。

簡単に1つに纏められていた髪を解いて、口づければ、甘い香りが色濃く脳を侵す。


「愛している」

猛りそうになる心を囁きで鎮め、額に、目蓋に、滑らかな頬に、なるべく優しくキスを重ねていく。


彼女の心に刻みつけられれば良い、と願いながら、ゆっくりと。


冷たい手に自分の体温が伝わるまで、手を繋いだままで柔らかな唇に唇をつける。軽く、何度も。


「愛している」

涙がこぼれそうになるのを抑えようと、今度は長く口づける。舌で、固い蕾を少しずつ、少しずつほぐしていく。


不意に、彼女の細い身体からガクッと力が抜けた。崩れ落ちるように胸にもたれかかられ、愛しさがいっそう増してしまう。


彼はその身体をもう1度抱き締め、そっと寝台に横たえた。



※※※※※



5日後、ルーカスはゼフィリュス港にいた。


ゴート港を出て帝国までの船旅はこれまで以上に順調だった。予定通りの行程を経てゼフィリュスで1泊。これからティビス運河を遡ろうという朝である。


霧が立ちこめる港を眺めつつ、舫い木の傍に立つ。

燃えるような実と葉を持つ『美しい翼(アラベルス)』は見頃を少し過ぎ、より深い紅へとその色を変えている。


幹に手をあてて目を閉じ、ただひとりのひとを想う。


とんでもない言動の数々。花のような笑顔と、腹を立てている時の氷のような瞳。優しい手。

あの晩、彼の動きに反応してしなっていた肢体と、柔らかな喘ぎ。声を上げるまいと何度もせがまれたキスと、それでも耐えきれずに漏らされた、甘い呻き。


愛しい全てを、心に刻む。


軍船から出港前の合図が聞こえ、ルーカスは名残惜しそうに木の傍を離れた。

そのまま、振り返らずに去って行く。


再び見る者の居なくなった舫い木の、深い紅に彩られた枝には、金色の髪に似合いそうな、美しい茶と銀と青の組紐が巻かれていた―――

お読みいただきありがとうございます(^^)


これにて第3部終了です。この終わり方はもう第3部最初でルーカスさんが暴走した時から決定していたので、いかに顰蹙を買おうが後悔はしません!


しませんが朝から見せつけられるのもアレなので夜中にこっそりupする予定が………迷いつつ寝落ちつつ1晩掛かり、ついにはこの時間。


という点ではお許しを!朝からホントすみませんm(_ _)m


これにも懲りず終章も引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。宜しくお願いします。


そして、新たにブクマいただき本当にありがとうございます!更新してない間もボチボチ読んで下さる方もいて感動しています。

ずっとブクマ評価いただいている方、読んで下さっている方のおかげで続けられています。重ね重ね感謝ですm(_ _)m

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