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23.お嬢様はサヨナラを言わない(1)

ご訪問ありがとうございます。

今回は第3部ラストです。

(3)後半に若干むず痒い描写が入っていますので、苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

別れはあっさりしたものだった。


「ではまたねルークさん」


馬の背からルーカスを真っ直ぐに見て、また次があるかのように軽やかに言うエイレンに「ああまた」と同じように返す。


もう二度会わないかもしれなくても、気が利いた返事などできそうもなかった。


「またな」キルケも気軽にルーカスの手を握る。


「寂しいだろうがまぁ、ガンバレ」


「別に寂しくなどないわ」


「無理するなよ」


親しげに肩に手を回し「オカズにしても聖女様は怒らないと思うぜ」とこそこそアドバイスをするキルケの腹に、とりあえずの肘鉄を炸裂させて、ルーカスは騎乗しているハルサの方に近寄る。


「お気をつけて良い旅をされますように」


「ありがとう」ハルサが微笑んだ。軽く握っていた手綱から手を伸ばし、ルーカスの肩にぽん、と載せた。


「ルーカス君も道中無事で」


「ありがとうございます」


騎馬は久しぶり、と言いながらもゆったりと楽しんでいる様子のハルサは、馬の背から身をかがめて顔をなるべくルーカスに近付け、素早く囁く。


「思い出に義理立てしなくてもいいからね」


絶句して固まるルーカス。

そこまで考えていたワケでもないのだが、確かに自分にはそういう傾向があるのかもしれない。

一瞬見せられた心配顔が本気のものであっただけに、どう返事すべきかが、やはり分からないのだ。


「また帝国で会いましょう」


「そうだね」


ハルサは微笑み、年若い友の肩から手を離した。


幸運の女神(フォルトゥナ)が君を訪れるように」


帝国北部で一般的な別れの挨拶が人々の間で繰り返された後、キルケがリュートを抱えて荷車に跳び乗ると、彼らは北へ馬の首を向け、ゆっくりと進み出した。



こうして帝国からの支援団が聖王国王都へ、約4日間の道のりを旅立って2日が経った。


「ちくしょうっ」ゴート港に怒声が響く。


「なんなんだ、あいつらはっ」


海から帝国の軍船に次々と登ってくるのは、ぬるねるとした黒い物体である。

どこに頭があり手足があるかも分からないそれらは、しかし確実に意思を持ち、メインマストに重なるように取り付いていく。


修理が半ば以上終わっていた縦木が、ギシギシとイヤな音を立てて揺れる。


「きりがないっ」


船長をはじめ、船員が総出で引き剥がすが、ソレはしばらくするとまたモゾモゾと動き出しマストへと登ろうとするのだ。


足で踏んでも潰れず、剣で断てばその分だけ増えてしまう。


グラグラと揺れていたメインマストが大きく傾いた。


「どけっ」「危ない!」


怒号と悲鳴の中で、継がれ固定されたはずの根元が折れ、黒い物体をつけたまま、どぉぉん、と音を立てて甲板に倒れる。


「ああっ」


船員たちの胸に不安があふれた。


果たしてこの航海、無事に出港し、無事に帰れるんだろうか。


再び甲板に横たわったマストが、ぬめぬめと動く黒い物体に覆われている。ルーカスが、まだ諦めずにソレを引き剥がしては海に投げる。


「フラーミニウス殿」


そのさまを顎を撫でつつ眺めていた船長が、ルーカスを呼んだ。


「なんでしょうか」


「すまないが、急ぎ馬を走らせあの方を呼んでくれないだろうか。なんとかできるとしたら彼女しかいないだろう」


彼女、が誰を指すのかはすぐに分かる。しかし、とルーカスは首を横に振った。


会えばまた、別れなければならない。


「ゴート神殿に協力を頼めば良いでしょう」


「ヤツらが何と言ったと思う?」


憤懣やるかたない、といった表情で船長が低い声を出した。握りしめた拳がブルブルと震えている。


「コイツらを退治するには、船を焼き払うか神魔法の雷を落とすかしかない、とぬかしたんだぞあの連中は!」


「彼らは真面目ですよ」いつの間にか傍にきていた監督官のブテノーが口を挟んだ。


「水鬼が―――まだ幼体ですが―――とにかくこれだけ発生するなど普段はまず無い、と言っています。彼らは帝国側が何か持ち込んだのではないかとさえ思っている」


「それを言いたいのはこっちの方だ!」イライラと船長。


「未開の国のヘンな化け物が我が国の船だけにタカる!なにか妙な術でも使ったのでなければ、なんだというのだ!」


「神殿が我々に敵意を持つはずがないでしょう」


帝国からの支援は聖王国神殿にとっては歓迎するべきことであるらしく、支援団にもそれを運んだスタッフにも、神官たちは丁重だった。


船の修理状況はワケのわからない物体のおかげで芳しくないが、その間船員たちに提供された宿舎では、聖王国ならではの異次元のもてなしが一昨日、昨日と続いているのだ。


その出費や今後の支援を考えれば、聖王国神殿側の本音は、帝国からの軍船には無事にサッサとお帰りいただきたい、といったところであるはずだった。


「だがどっちにしても!連中にはどうにもできないだろう!?」


あの無能どもめ、とキレかけている船長の背をどうどう、と宥めつつブテノーはルーカスに顔を向けた。


「私からも頼む。きっとエイレンさんならなんとかしてくれるだろう。急いでくれ」


ルーカスはあいまいに頷くと、神殿から馬を借りるために踵を返す。


躊躇(ちゅうちょ)してはいけない状況だった。滞在が延びるだけでも、船員たちの不安や不満は増してしまう。


そのために感じる、わずかな胸の痛みなど、誰にも言う必要はないのだ。


―――会えばまた、別れなければならない―――



ゴートを出ると海沿いにはしばらく、オリーブの木が点々と植わっている。

濃紫の実が目立つようになった畑が見えなくなるまで常歩(なみあし)で馬を進めたルーカスは、1本のひときわ大きな木陰でいったん馬を止めた。


ここを通るとき、あのひとは思い出すだろうか。そして、これからも、思い出してくれることがあるだろうか。


そんなことをちらりと考えつつ、ルーカスは馬の腹に軽く足を当てる。


『第1レース、スタート!』


頭の片隅に、最近聞かなくなったはしゃいだ声が響き、馬はやや歩を速めて再び進み出したのだった。

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